生意気で可愛くなくて、 でも、可愛い弟子を持ったのは3年前だった。 懐かない猫、と言うより、孤高の獣。 そんなイメージを抱かせる子供。 けれど、 何よりも強さを求める子供は、 それ故に、自分より強い相手である俺に、 懐くとは言わないまでも、少しは慣れてくれた。 そんな相手に1年も会ってなくて、 久しぶりに仕事も兼ねて日本に来てたから、会いに行った。 C a l l M e 「あれ?」 高校生になっても、 応接室を自分の城としているらしい恭弥の元に行って、 開口一番の挨拶もなしに、思わずそんな声が漏れた。 「何?」 書類を片手に、眉間に皺を寄せて恭弥が訊く。 「あ、や、何でもねぇ。 元気か?」 あれ?と思いながらも、 取り繕うように笑って訊く。 「元気だよ。 だから、遊んで行きなよ」 チャキっとトンファーを出して笑う恭弥。 遊んで、って言っても、 恭弥が言ってるのは、本気の殺し合いの戦い、という物騒さ。 「…それは、また今度な。 それより…」 と、言葉を発しようとして戸惑う。 あれ? だから、これって言っていい言葉か? 何かおかしくないか? どうしようと思っていると、苛立った恭弥の声がした。 「何? さっきから、あなた変だよ。 言いたいことがあるのなら、ちゃんと言いなよ」 「あー…、 言いたいことってか、 何かお前…、やっぱいい」 言いかけた言葉は、 何だかやっぱり言っていい言葉には思えなかった。 それなのに恭弥は、 いいから言え、とでも言うように、睨んでくる。 「や、別に、何でもないんだけどな、 ちょっと、思っただけだ」 だから、気にするな、と言うように笑ったが、 恭弥は更に、言え、と睨んでくる。 それに負けた。 だから、言った。 「恭弥、好きなヤツでもいるのか?」 言ったところで、 返ってくる反応なんて、 馬鹿じゃない、とか、 死んだら?とか、 鼻で笑われるとか、 侮蔑するような眼で見てくるとか、 そんなもんだと思ってたのに違った。 恭弥はじっと俺を見て、 表情も変えずに訊いてきた。 「何で?」 「え?」 さっきまで躊躇して言えなかった言葉を慌てて言った。 「何か、キレイになった」 言ってやっぱり変な戸惑いが生まれたけど、 それを聞いた恭弥は、ふーん、と考えるように呟いた後で、 またまっすぐ俺を見て言った。 「いるよ」 「え?」 また意味が解らなくて、茫然と聞き返したけど、 恭弥はもう興味がなくなったみたいに視線を書類に落とし、作業を進めていく。 「…どんなヤツ?」 整理の付かない頭で訊いた。 顔を上げた恭弥は、訊いてどうするの、とでも言いたそうな視線をくれた。 それに何も答えられなかった。 「…ボース。 いい加減、顔直しとけよ。 あと10分で着く」 ロマーリオの声にハッとする。 「ヤベ。 ボーとしてた」 大事な商談が控えていると言うのに。 それにしても…。 「…はぁ」 盛大なる溜息しか出て来ねぇ。 あの後、どうやって帰ったか覚えていない。 気が付いたら、今ってどんだけだよ。 「ボス。 だから、10分切ってるって」 いい加減しっかりしてくれ、とロマーリオは言うけれど。 「なぁ、ロマ。 恭弥、昔と変わったよな?」 アレは俺だけが感じたのか。 それとも、他の人間も感じるのか。 「そうか? まぁ、成長期だからな。 背も伸びたし、声も低くなってたんじゃねぇのか?」 「それだけか?」 「それだけって何だ? 俺はボスを迎えに行ったときに、 一言二言話しただけだしな」 他に何かあったのか、なんて訊かれるのにただ首を振った。 俺は、すぐに気付いたんだ。 背が伸びたとか声が変わったとか、 そんなものに気付くよりずっと前に、一目見た瞬間に。 何だろうな。 あの恭弥が誰かに惚れるなんて、 軽くショックだし、切ないって何だこれ。 あぁ、これはアレか。 大事に育てた娘に、 好きな人ができたって訊かされるような気持ちか? 大事に育てたもんな。 そんなふうに感慨深く思う一方で、 1年も会いにも行かないで、よくそんなこと思えるな、とも思う。 「…はぁ」 あぁ、ダメだ。 本当に、溜息しか出てこねぇ。 「ボス。 気になることは調べておいてやるから、しっかりしてくれ」 頼むから、と呆れながらに言われ、 考える前に口に出した。 「じゃあ。恭弥がこの1年で接触したヤツ調べてくれ。 2回以上、直接会ったヤツ全部対象だ」 「…ボス?」 驚いたような声に、続けて答えた。 「恭弥が誰かに惚れたらしい。 相手を教えてくれねぇ」 「だからって、調べるのか?」 呆れた声だ。 「だって、教えてくれねぇんだもん」 言う必要はない、という顔ではなかった。 純粋に、ある意味不思議そうに、 どうしてそんなことを知りたがるのか、とでも言いたそうな顔だった。 それに、 そこまで親しい関係ではない、と言われた気がした。 踏み込ませてもらえてない、とは知っている。 それでも他の人間より、 ずっと近くに寄ることを許されていたとも知っていた。 でも、それだけだった。 だから、もう何も訊けないと思った。 だからって、 こそこそ調べるのもどうかと思うけど、 それしか方法がないし、 何より気になってしょうがないんだから仕方ない。 「わかった。 調べておくから、ボスは商談に集中してくれ」 ロマーリオがお手上げ、とでも言うように言ったけれど、 俺はそれに安心してやっと、仕事へと頭を切り替えた。 「6人?」 仕事の早いロマーリオは、 どこをどうして調べたのか夜には報告をしてくれた。 「そのうち、ひとり飛びぬけて会ってるのは母親だがな。 それもこの1年で会ったのは10回未満。 他に関して言えば、多いので2〜3回しか会ってねぇ。 ちなみに、そのどれもは仕事関係での商談の席で、 どれも最後に会ったのは数カ月前で最近は会ってねぇな。 学校関係でいえば、京子やハルも当てはまるけどそこは省いたぜ」 「あぁ、それはいい」 そこは、どう考えてもないだろうから。 それにしても、6人って何だそれ。 少な過ぎねぇか。 しかも、 中学の時から一人暮らししてるとは言え、 同じ町内に住んでるんだから、母親にはもっと会ってやれよ。 そこまで思ったところで、 いろいろ複雑な家庭だと言うことを思い出した。 大企業の跡取り息子の恭弥。 父親は幼い時に死んでおらず、母親は仕事人間。 中学に上がるまで恭弥を育てたのは、厳格な祖父だったか。 恭弥は何も言わないし、 俺も勝手に調べるのは気がひけたから、 最初にリボーンに教えてもらったことしか知らない。 そんな、恭弥だ。 だから、その少なさも有り得る。 それどころか、納得しさえする。 戦う以外に、 人と積極的関わろうとする恭弥が想像できない。 そもそも、 何度も思うが、あの恭弥なのだ。 誰かを好きになるなんて、想像できない。 そんな暇があるのなら、戦っていたいと思う戦闘バカではないのか。 「…ボス、からかわれたんじゃないのか?」 何だか可哀そうな人でも見るような眼で見られるが、それは有得ない。 現に、恭弥は変わった。 それに、本人も認めたのだ。 「いや、絶対にいる」 恭弥を変えた誰かがいる。 俺は、それが知りたい。 でも、接触2回や3回だけの相手を好きになるのか? しかも、最後に会ったのがどれも数ヶ月前? この中に相手なんていないんじゃないのか? そこまで思って、ふいに思った。 「…ロマ、 ついでに男も調べてたりしねぇよな?」 軽く言うつもりだったのに、声が掠れた。 恭弥は、別に女とは言ってない。 だったら、男という可能性は? まさかな、と思う。 でも、俺が知る恭弥は強さを基準にするヤツだった。 だったら、性別とか関係ないのではないか。 「…ついでに、調べてるぜ」 ボンゴレの連中は省いてるけどな、と なんとも微妙な声で、違う資料を渡された。 「…コイツ、誰?」 さっきよりは、資料に上がっている人数は多いし、 先ほどよりも僅かに会った回数も多いが、 どれも仕事関係だと思える程度の回数しかない。 それなのに、ひとりだけ10回以上会っているヤツがいた。 嫌いとは言え、母親以上にに会うってなんだ。 「あぁ、 それも省こうかと思ったんだけど、一応な」 「どういう意味だ?」 「母親の再婚相手だそうだ」 それなら、違う。 そう思うのに、コイツだ、と思ってしまった。 「コイツ、強いか?」 「雲雀の実家に負けねぇくらいの会社を一代で築いたって意味では、 精神面は強いんじゃねぇか。 でも、ボスが言ってる、戦闘面においてはねぇな。 平和な日本のただの会社の社長でしかねぇからな」 だから、違うんじゃねぇか、と言う。 それなら、って思う自分もいるけれど、 それでも、やっぱりコイツだと思ってしまった。 恭弥が、仕事のためだとしても、 戦闘以上に優先するものはないと思ってた。 それなのに、強くない相手と会うって何だ。 家族だからか? 違う。 恭弥にとって、 家族なんてものは、一番興味がないものだと知っている。 それなのに、 母親の再婚相手に何度も会うって何だ。 会いたくないものには、恭弥は絶対に会わない。 それなのに、 何度も会ったのだとしたら、恭弥の意思でしかない。 「…コイツだ」 コイツが、恭弥を変えた。 「…俺が、変えたかったのに」 思わず呟いた言葉は、 意識していなかったもので、 だからこそ、気付きたくもなかった真実だと知った。 「…バカじゃねぇの、俺」 ぽつり落ちた言葉は、酷く虚しく響いた。
12.01.23〜12.5.12 ← Back