「ロマ、急いでで調べてくれ」 外が騒がしいと思っていたら、ボスが部屋に入るなり言った。 Phantom pain. 「早くっ。 じゃないと見失っちまう」 取り乱すボスを見るのは、いつ以来だろう。 取り繕うことを覚えたボスは、 僅かな怒りを見せることはあっても、 部下の不安を煽る焦りを見せることは、 もう何年も見せなかったというのに。 それほどまでに、恭弥に会ったことが衝撃だったと言える。 けれど、 それを知らないふりで、呆れた声を出した。 「ボス、落ち着け。 アンタ、自分の立場解ってんのか? メモ書きひとつで脱走しといて、 謝罪の言葉もなしってボスとしてどうなんだ?」 本来、ボスであるなら、 どんな態度を取ろうが許される立場だろう。 けれど、 このボスにおいては、そんな態度を取らないのだ。 「あぁ、悪ぃ。 後でちゃんとみんなにも謝るから、 それよりもお願いだ、早く調べてくれ」 俺の言葉にほんの少しだけ落ち着きを取り戻したが、 それでも、焦燥感に駆られたまま。 「解った。 で、何を調べるんだ?」 茶番だ、と思いながらも、表情に出すことなく問う。 「ボンゴレの雲の守護者について」 まっすぐな眼とぶつかる。 が、俺は首を振る。 「それは、無理だ。 ボンゴレが公表してねぇ。 同盟ファミリーっても、一応代替わりがした時に調べたけど、 雲の守護者に関しては何も情報なしだ」 「でも、他の守護者はツナの学校の奴らだろ? それなら、アイツも一緒かもしれねぇじゃねぇか」 「そうかも知れねぇけどな。 並盛を調べても、何も出やしねぇぞ。 あそこは、ある意味独立国家だからな。 徹底的に、雲雀、の名は黙秘だ。 どこのマフィアが情報探りに行っても結果は同じ。 それどころか、日本のただの小さな町だってのに返り討ちに合う始末だ。 ボンゴレがそうまでして黙秘を貫こうってんだから、無理だな」 本当はボンゴレが守っているワケじゃない。 恭弥個人の組織が、それを成している。 「解っているのは、 性別が男ってことと、雲雀、って名前だけ。 まぁ、 それが本名なのかも単なるコードネームなのかも解らねぇがな。 知りたきゃ、同盟ファミリーとしてじゃなく、 個人的な付き合いのある一人の人間として、ボンゴレの誰かに訊くしかねぇな」 それも、無理だろうけれど。 恭弥はそれを望んでないことを、ボンゴレの誰もが知っている。 今回ふたりをパーティで合わせたことが、ある意味奇跡と言える。 あの恭弥の覚悟を見せつけられた後では、下手に動くことなどできはしない。 けれど、 それでもまたふたり幸せになって欲しいと、 思ったのがボンゴレ10代目だろうが、 この先は、恐らく介入はしないだろう。 「ツナにも獄寺にもリボーンにも訊いた。 でも、何も教えてくれなかった」 「そうか」 リボーンさんは、ボンゴレ10代目の計らいをどう思ったのだろうか。 「リボーンに、何でそこまで知りたいんだって言われた」 「あぁ、そうだな。 俺も思うぜ。 代替わりして何年だよ」 本当は、記憶を失って2年だけどな。 「初めて、見たんだ。 でも、知ってるって思った。 ずっと探してた大事な何かさえ、 どうでもいいって思うほどに、大事だって思った。 何で…」 何で手を放したんだろう、とポツリとボスが呟き、 手放したであろう手を見つめる。 かける言葉が見つからない。 沈黙のままに、ボスを見るしかできない。 ボスは変わらず、自分の手をぼんやり見ながら言った。 「俺、結婚しなくていいか?」 「…あぁ。 好きにしていいって、前から言ってるぜ」 だって、解り切ったことだったのだ。 ボスは恭弥じゃねぇと幸せになれねぇ。 だったら、仕方ないじゃねぇか。 ボスはゆっくりと顔を上げ、信じられないような目で俺を見た。 「…子供も無理だ。 後継ぎだって、無理だ」 それでもいいのか、とその目が問う。 だから、笑って言ってやる。 「ボスが幸せなら、それでいい」 本当は、 ボスと恭弥が幸せなら、と言いたいけれど、 言えないのが辛い。 「恭弥が、好きなんだ」 ポツリとこぼれた言葉が切ない。 「何で、恭弥、なんだ」 言外に、雲雀じゃねぇのか、と問う。 「解んねぇ。 獄寺は雲雀って教えてくれたのに、 どうしても、雲雀、って言えねぇんだ。 違うって思う。 恭弥、だって思う」 何でだろうな、と、 くしゃりと笑って、また呟いた。 「恭弥に会いたい」 「…そうか」 会わせたい、と思う。 けれど、会わす術がない。 恭弥は逃げる。 ボンゴレは黙秘。 頼みの綱の哲も黙秘。 それなら、残る術はひとつしかない。 「1週間休暇をやるよ」 だから、探してくればいい。 恭弥を探すのは、天才的に上手かった。 そこに賭けるしかないのだ。 「いいのか?」 「アンタ、働き過ぎだからな。 でも、一先ず1週間だけだ」 でないと、他の仕事に支障が出る。 「見つからなかったら、 また調整して1週間程度ならなんとかなるように都合つけてやる」 ――だから。 だから、幸せになってくれ。 そんな思いで笑えば、ボスも笑った。 泣き笑いみたいな顔で、 それでも久しく見なかった満面の笑みでもって、 ありがとう、とボスは笑った。 恭弥。 ボスはお前を見つけるぜ。 だから、見つかったらもう観念しろよ。 それで、ふたりで幸せになってくれ。
11.03.07 ← Back