「そう言えば、お前、 誕生日にボスに何貰ったんだ?」 もっと、スマートに訊けるだろうに、 あからさまに言ってくる相手に溜息を吐いた。 Phantom pain. 「知ってるくせに、別荘とその周辺の森だよ」 借金の代わりに、って寄こされたそれは、 不便極まりない所にあったため、 売るに売れずディーノの手元に残っていたらしい。 そのまま忘れていたのを思い出して、 人が滅多に来ないし、 自然のまま湖を含む森まで残ってるからやると言われたのだ。 何度かその後行ったけど、 静かで、とても気持ちのいい所で重宝している。 「安心しなよ。 明日のあの人の誕生日は、忘れてないよ。 それにプレゼントだって用意してる」 だから、うるさい、と眉間に皺を寄せれば、 ロマーリオは嬉しそうに笑った。 「そりゃよかった。 今まで一度も祝ってくれたことがねぇって、嘆いてたからな」 失礼な。 別に意図して、祝ってやらなかったワケじゃない。 祝おうにも、 向こうからかってに電話をかけてきたり、 押しかけてきたりして、 祝え、祝え、といった挙句、 これが欲しい、と何かと主張するのだ。 その方が僕が迷ったり困ったりしないと思ってだろうけれど、 こうやってあの人の部下にからかわれる筋合いはない。 「明日、見てなよ」 言い捨て、踵を返した。 向かう先は、赤ん坊の所。 「いいのか?」 手に持つ弾丸を弄りながら、訊いてくる。 「いいんだよ。 できたんなら頂戴」 手を伸ばす。 赤ん坊は数瞬悩んだけれど、結局それをくれた。 「お前ばかりが、損してねぇか?」 「まさか。 損するなら、僕が選ぶはずがない」 笑えば諦めたように、赤ん坊は溜息を吐き出した。 「やぁ、来たよ」 ロマーリオに庭先で会い、軽く手を挙げれば、 近くにいたのか、ディーノが駆けてきた。 挙句、勝手に抱きしめてくる。 「会いたかった! 昨日、来てくれてたんだろ? もう少し、待っててくれれば会えたのに」 どうして待っててくれなかったのか、とでも抗議するように、 馬鹿みたいに抱きしめてくる。 「今日来たから、いいだろ。 それより、誕生日プレゼント持ってきたんだ」 告げれば、ガバっと身体を離される。 それから、酷く驚いた顔をされた。 「マジで? どうしよう、凄ぇ、嬉しい。 ロマ、どうしよう、恭弥が俺のためにっ」 一体、何歳になるのか、と訊きたくなるくらいのはしゃぎよう。 訊かれた部下も居合わせた他の部下も、苦笑で見守っている。 「うるさいよ」 いるの、いらないの、と凄めば、 勿論いる、と大きな声で返された。 そう、いるの。 解っていた答え。 でも、解っていても、 少し寂しいと思ってしまう自分がいた。 でも、 決めたのは、自分なのだ。 懐に手を伸ばす。 ディーノが期待に、眼をキラキラさせる。 けれど、多分その期待に応えることはできない。 「さよなら、ディーノ」 パンっ、と弾けた乾いた音。 それから、血を流すでもなく倒れてくる身体。 知った重みを受け止める。 一瞬の後、恭弥、とロマーリオが叫び、 彼ともども、他の部下が一斉に僕に銃口を向ける。 でも、そんなもの構わなかった。 ディーノを抱きしめ得たまま、膝を付く。 最後の抱擁。 「…何をした」 流石に血迷って、すぐに銃を放つことはない。 それでも警戒を露わに訊いてくる。 他の部下からは、殺気さえ滲む。 「血が流れてねぇ。 ってことは、特殊弾だろ? …一体何の?」 一度ディーノをギュッと抱きしめて顔を上げたら、 蒼白な顔のロマーリオと視線が合った。 それを逸らすことなく、告げる。 「記憶の一部を消す弾だよ」 「…何の」 「…僕の」 答えて、笑った。 言葉にすれば、なんて陳腐な。 「どうして?」 「必要だろ?」 この人に、僕は必要ない。 それどころか、不要ですらある。 「何を言ってるんだ、お前が必要に決まってるだろ?」 ディーノ個人で言えば、そうかもしれない。 でも、ファミリーのボスとして言えば、不要でしかない。 「この人は、どこまで行ってもボスだよ。 力の源が、ファミリーを守りたい、ってくらいだもの。 そんな人が、ファミリーを自分で潰すの? 僕と居たら、後継ぎなんて望めない。 直系しか継げないんだろ、このファミリーは」 僕がいるのに、誰かがこの人の子を生むなんて許せない。 だったら、この先ファミリーに未来はない。 「…ボスのファミリーだ。 どうするかは、ボスが決める」 まぁ、そうかも知れないけどね。 いつか、後悔されるのは嫌なんだ。 「それに、お前を忘れたからってどうする。 また、ボスがお前を知って惚れたら終わりじゃねぇか」 その言葉に、笑った。 僕のことまで考えてくれるなんて、 ボスに似て部下までお人よしだ。 「逆だったら、そうなっただろうね」 この特殊弾の存在を知って、どっちに使うか実は悩んだ。 自分に使おうかとも、思ったのだ。 だから、ディーノに訊いた。 僕が、あなたを忘れたらどうする、って。 ディーノは考えて、 思い出してもらうように努力する、と言った。 更に、 一時的なモノなんかじゃなくて、 日常生活に支障はないけれど、 それ以外の僕自身や人間関係を忘れた場合、って訊いたら、 それなら、また好きになってもらうように努力する、って言った。 あなたのことなんて本当に何も覚えてなくても?、と再度訊いたけど、 お前の魂に惚れこんでるから、お前がお前である限り俺はお前が好きだ、と言われた。 それで、十分だったし、 それが、この結果になった。 僕が忘れるのではなく、ディーノが忘れるという結果。 僕を知るディーノがいない。 それなら、僕が好きになったディーノもいない。 ディーノみたいに、魂がどうとか言えない。 ディーノという人の元からの性格に加え、育った環境、共有した記憶。 そう言うのを合わせて、好きになったのだ。 だから、 もう会わないと決めてる僕には、 この後共有していくモノなど何一つなく、 もう好きになる理由がない。 好きになったのは、あくまで記憶を失うまでのあの人でしかない。 だから、いいのだ。 これから先、 ディーノが誰を好きにっても、 誰かとの間に子どもができても。 それは、僕のあの人じゃない。 「過去に、生きるのか」 何もかも察したであろう聡いロマーリオが訊いてきた。 「違うよ。 現在だよ」 他人から見れば過去かもしれないけれど、 もう僕が好きなあの人はいない。 けど、好きな人はあの人のままなのだ。 「…ボスは、望まなかった」 痛々しげな声で、今になってやっと銃を下ろし言ってくる。 「そうかな? 結局は、望んだことだと思うよ。 だって、 あなたたち、本当は望んだだろ?」 責めるつもりなく、 ただの事実確認だったのに、 ロマーリオは苦渋を滲ませた顔をした。 それに笑う。 あぁ、やっぱりお人よしだ。 「部下が望むこと。 イコール、それは、あの人が望むことでもあるよ」 だから、結果、 これは回りまわってあの人が望んだことになる。 例え、本人が望んでいなかったとしても。 「お前は、何も考えてないと思っていたよ」 ポツリと呟かれた言葉に苦笑する。 別に、 ファミリーのことを考えたワケでも、 ディーノのことを考えたワケでもなかった。 ただ、後悔されたくない、と思ってしまっただけだった。 認めたくはないけれど、これは逃げでしかないと知っていた。 「ねぇ。 この前の誕生日にもらったあの別荘、貰ったままでいい?」 「…あぁ、とっくにお前の名義だ」 「…うん。 あぁ、特殊弾だけど、試作品だからね、 それなりの確率で成功してるけど、何が起こるかちょっと不安定なんだ。 今のトコ、最後に見た人間に関して忘れるようになってるのは完璧だからいいよね。 ボンゴレの守護者が僕と言うことに変わりはないけど、 名前を聞いただけで思いだすなんて陳腐なモノじゃないとは言え、 顔を合わさないにこしたことはないからね、 ボンゴレ関連の式典とかパーティとか出席するのあれば哲に言って」 そうすれば、避けるから。 元より雲の守護者なんて、属性的に自由人が多かったらしく、 正式な式典でさえ、碌に出席しない人間が多かった過去が有り難い。 「もう、会わないのか?」 「会わないよ」 会う理由がない。 「数時間は脳で書き換え起こるから目覚めないよ。 寝かせててあげなよ」 立ち上がりかけ、 それでも後ろ髪引かれてしまい、最後にもう一度抱きしめる。 サラリとキレイな金髪が首筋をくすぐる。 持ち主に似て、いつだって太陽みたいに煌めいていた。 あぁ、そう言えば言ってない。 折角、初めてプレゼントを用意したのに。 初めて、一生懸命考えたのに。 肝心な言葉を忘れていた。 「Buon compleanno」 そして、さよならだ。 ディーノ。 もういないあなたは永遠に僕だけのモノになって、 残ったあなたは当初望み、歩むはずだった人生を歩けばいい。
11.02.04 ← Back