殴れば避けて、 本気の一撃は避けれるはずなのに避けない。 生傷ばかりが増えて、 それなのに僕の領域に侵食することを止めない。 ねぇ、君は何なの。 Pervasion. 「…っう」 避けることなく僕のトンファーを受けて、山本は壁にぶち当たる。 口から流れる血を拭きながら、へらりと笑う。 「手加減なし?」 手加減したら避けるくせに、何を言うのか。 「ねぇ、いい加減にしてくれない?」 山本は笑って、何が?、と問う。 何が、なんて解ってるくせに。 「君、マゾ? 殴られるために、ここに来てるの? だったら、他行ってくれない? 疲れるんだけど」 「マゾってワケじゃねーよ。 ヒバリに会いに――…」 「ふざけたこと言ってるんじゃないよ。 次言ったら、咬み殺すよ?」 顔スレスレの壁にトンファーを打ち込む。 パラリとコンクリが壁紙もろともはがれるのを横目に、おっかねー、と山本はまた笑う。 「ねぇ、何でこの状況で笑ってるワケ? そんなに僕を馬鹿にしてるの?」 「俺は、一度たりともヒバリを馬鹿にした覚えはねぇよ」 真剣な目。 どうして、こんな時だけそんな目をするのか。 その言葉を信じそうになる自分の愚かさが、許しがたい。 「ホントに君、ウザイんだけど」 「ウザイと言われてもなー」 困ったな、と笑う。 その顔は見慣れたもので、あの真剣さが消える。 どちらが、本当なのか解らない。 群れることは、嫌いだ。 群れる人間も、嫌いだ。 結果、人間同士の繋がりを理解してない。 そんなもの、必要なはずがなかったからだ。 「君、死んでよ?」 そうすれば、戻れるから。 人の気持ちなどどうでもいい、と思っていた自分に。 ひとりが心地よいと、と思っていた自分に。 「ヒバリが、殺れよ。 そしたら、死んでやるよ」 見慣れた力の抜けたような笑みでも苦笑でもなければ、 挑発めいたものでもなく、どこまでも真剣な目があった。 「…でも、それも無理かな」 溜息を吐き出し、山本は苦笑する。 「俺が死んだら、ヒバリちゃんは泣くもんなー。 そんな可愛い顔、誰にも見せたくないから、やっぱそれはできねぇや」 「…っ馬鹿じゃない? 僕が、泣くワケないじゃないか。 君ごときのことで」 「そっかなー、じゃあこれ何?」 伸ばされた手が、目じりに触れた。 軽く拭われ、その手を見せ付けられる。 どう見てもそれは濡れていて、自分が泣いていたことを初めて知る。 そんな弱い自分など、知りたくなかったというのに。 「ねぇ、ホント死んでくれない?」 悔しくて俯いて問えば、微かに笑う気配。 「だから、それは無理だってば。 でも、代わりに――…お前のために死んでやるよ」 笑う気配は消え、覚悟を決めたような声が聞こえた。 顔を上げれば、苦笑の中に真剣な目。 「俺の命、くれてやるよ。 ヒバリはリーマンなんかにゃ、ならないだろ? きっと、裏側の世界に生きるんだろ? そしたら、盾になってやる。 で、ヒバリかばって死ぬよ。 なー、それでいいか?」 この男は、何処まで僕を落とせばいいのか。 どんな言葉を自分が吐き出したのか、気づいていないのか。 今すぐ消えてほしい、と思うのに、 かけられた言葉が何処までも深く自分に染み入ってしまう。 「…勝手に、僕の将来を決めないでくれない? それに、君なんか盾にもならないよ」 「盾くらいなれるように、鍛えるさ」 だから、これから付き合え、と山本はまた笑う。 話にそぐわぬ明るい笑みで。 日々、侵食される。 気がつけばどうにもならないところまで侵食は進み、 この男がいなくなればどれだけのダメージを負うのか考えるだけで怖かった。
06.05.07 ← Back