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男が男である限り、 そして、僕がぼくである限り――… Love Me? 「ほら」 待ち合わせの時間より遅れて来たくせに、謝ることもせず紙束を渡される。 「謝るとかないの?」 「ねぇな」 にやりと笑って僕の前に、少年は座った。 「君くらいなものだよ」 僕を待たすことができる人間なんて。 他の人間なら、一秒たりとも待ってやらない。 「知ってるさ」 喉を鳴らして笑いながら、少年はウェイトレスにコーヒーを頼んだ。 「お前にプレゼントをやったよ」 次のターゲットの資料を見る僕に向かい、少年は楽しそうに笑う。 けれど、僕は少年に答えることなく、資料から得られる情報を頭の中に叩き込む。 人のよさそうな初老の男。 けれど、裏で麻薬の密輸に励む男。 大人しく会社の横領だけに留まって置けばよかったのに、 麻薬の密輸になって手を出すから、マフィアに目を付けられるんだ。 「無味無臭って言ったけど琥珀色してるから、使われるならコーヒーか酒あたりだろうな。 舌先に苦味と痺れを感じたら、プレゼントだと有難く思えよ」 資料から視線を上げる。 相変わらず、にやにやと楽しそうに笑う少年。 けれど、話された内容は些か物騒ではなかったか。 「どういう意味?」 「どういうも何も、最初に言ったろ? お前にプレゼントをやったって?」 「無味無臭だの、痺れだの、それがプレゼント?」 毒でもくれると言うのか。 「あぁ、魔法の薬だからな。 何て言ったって――…」 少年はそこで言葉を切り、にやり、と笑って続ける。 「惚れ薬、だからな」 続けられた言葉は、下らないにもほどがある言葉。 いっそ、毒だと言ってくれたほうがマシだった。 「あっそ」 「あっそ、って何だよ。 お前へのプレゼントなんだから、もっと有難がれよ」 「いらない」 そんなモノいらない。 欲しいと言った覚えもない。 だいたい、使う相手も使うつもりもさらさらない。 そんな思いを読み取ったのか、少年が馬鹿にしたように笑った。 「モノそのものが、お前へのプレゼントじゃねぇよ。 使われることが、プレゼントだ」 意味が解らない。 けれど解るつもりもないから、もう少年のことは無視すると決めて資料を読み進める。 「山本にやったよ」 資料を目で追う僕に少年は気にするでもなく、話すのを止めない。 思考からシャットアウトすればいいのに、 山本と言う言葉に思考が持っていかれるが、気づかないふりで黙々と資料を見続ける。 「惚れ薬なんて、嘘だけどな。 アイツは馬鹿だから、俺が真剣な顔で本物だって言ったらしっかり信じてたよ。 神妙な顔で考え込んでてさ…」 馬鹿だろ、と少年が笑う。 言われるまでもなく、男が馬鹿なことは知っている。 「だからな、舌先に苦味と痺れを感じたら、アイツが“惚れ薬”を使った証拠だ。 だからそん時は、素直になれよ」 な、と笑う気配。 視線を上げれば、コーヒーを片手に珍しくも柔らかく笑う少年がいた。 「お前へのプレゼントだ。 何年経てば満足だ? 流石にアイツも可哀想だろ。 惚れ薬なんて笑えないモノに頼ろうとするほど想われりゃ、もういいだろ」 素直になれよ、と少年が言う。 「僕にプレゼント? 違うよね。 あの男にプレゼントしただけだろ?」 「…どっちも一緒だろ。 お前ら、いい加減に白黒ハッキリさせろ」 見てるほうがしんどい、なんて言うけれど、少年にはまったく関係ないことだ。 「君には、関係ない」 だから、はっきりと言ってやる。 「まぁ、そうだけどな。 勝手なお節介だけど、忘れるな。 苦味と痺れだ。 それを感じたら、素直になれよ」 なぁ、と何処か宥めるように言われる。 けれど、それは―― 「無理だね」 きっぱりと言い放つ。 「だって、あの男は薬を使わない」 それはもう絶対に。 「使うさ。 あれだけ、思いつめた目で見てたらな」 男を思いやってるのか、何処か苦笑して言われた。 「そこまで言うなら、賭けてもいいよ。 あの男がもし使ったのなら、 僕は君が言うように“素直に”かどうかは解らないけれど、あの男が望んでる態度を取ってあげる。 でも、絶対そんなことにはならないけどね」 「…あぁ、楽しみにしてるぜ」 「じゃ、僕は行くよ」 資料はすべて頭の中に入った。 ただの紙束となったそれをテーブルの上に置いて席を立つ。 「忘れるなよ」 念を押すように、少年の声がかかる。 それは資料の内容ではなく、僕が言ったことに関して。 言葉ではなくただ笑って返せば、 少年が酷く嫌そうな顔をするから、僕はまた笑った。 そんなモノでどうにかなるのなら、最初からどうにかなっている。 男はどれほど使いたいと切望しても、 得られた結果が、それの効果でしかないと思うと使えない。 使えないから、僕は男の手に落ちない。 使ったら、少年の言うとおりにしてやってもいいと本当は思っている。 言われるまでもなく、それが楽なことだと解っている。 無闇に理解不能な苦しみを味わうことはなくなると、知っている。 でも、男は使わない。 だから、僕は、男の手に落ちることができない。 男が男である限り、 そして、僕が僕である限り、 どう足掻いても、僕たちはそういう風にしか生きられない。
08.03.14 ← Back