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小さな小瓶の中は、琥珀の液体。
ゆらゆら、ゆらゆらと、淡く光って揺れる。





Love Me?





「何を持っているの、山本武」

普段見せる底抜けの明るさとは違い、
何処か自虐的な雰囲気で、
手の中、小瓶を遊ばせている姿は、らしくないにも程がある。

それでも何故か、
これが本質だと思うのは、きっと間違ってはいないはず。

「あぁ、これ?」

掲げて見せて、小さく笑みを浮かべる。
それは自嘲の笑みというモノで、暗く陰湿。

ゆっくりと視線を小瓶から私に向け、ニッと笑った。




「――惚れ薬」

逸らすことなくじっと見つめてくる目は、何処までも真剣そのもの。
本物かどうかは知らないけれど、
彼にとってと言う意味においては、紛うことなく本物なのだろう。

「あ、信じてねぇ?
 本物だぜ、裏ルートでしっかり手に入れたから」

そう言って笑う顔は、
子どものように見えて、疲れきった老人のようにも見えた。

「ネェさんも使う?
 リボーンも惚れるぜ?」

笑う男が、哀れに思えた。






「もう、あなたは使ったの?」

「…まだ」

男は、逃げるように視線を落とす。

「なら、止めなさい」

そう告げれば、捨てられた子犬のような目で見上げ、
でも、本物なんだ、と今にも泣き出しそうな顔で笑った。

「止めなさい。
 後悔するから」

それは、確実に。
薬が本物だろうと偽物だろうと、関係ない。
使ったと言う事実がある限り、絶対に後悔する。


男の相手を思い浮かべれば、
想いに想いを返すことは想像できないけれど、
それでも、もし想いを男に返した時、薬を使っていた場合、どうするつもりなのか。

その想いを純粋に信じられるのだろうか。

――有り得ない。
使ったと言う事実は、
棘となり一生抜けることはなく、男は疑いながら相手と接するだろう。


そんなことは、男だって解ってる。
けれど、それでも男は、薬を使いたいのだ。






「ネェさん、俺と一緒にこれ飲まない?」

「人の話を聞いてるの?
 止めなさい、と言ってるのよ」

「ん、だからね。
 俺とネェさんが飲んで、惚れ合わない?」

自嘲気味に男が笑う。
何が、だから、と言うのか。

「冗談じゃないわ」

冗談じゃない。

誰がそんな傷の舐め合いみたいなことをすると言うのか。
そこまで、男は落ちぶれたとでも言うのか。


「見損なったわ」

「…ゴメン」

謝るのなら、言わなければいいのだ。
男がここまで愚かだったと言う記憶はない。

そんな思いを読んだのか、男はふっと笑った。

「恋に狂ってるんだ」

どうしよう、と困った顔で訊いてくる。
情けない顔だった。







「その相手は、私ではないでしょ」

頑是無い子どもを諭す気分だ。

「あぁ」

でも、とその眼が語る。

「解っているのなら、止めなさい」

「でも、本物なんだ」

そう言って、また泣き出しそうに笑った。


「そんなの虚しいだけだわ」

「何で?
 飲めば、俺もネェさんも互いに恋するんだ。
 待ってるのは、薔薇色な日々だよ」

思っても見ないことを。

「鏡を見てきなさい」

「…何で?」

間が空いたと言うことは、
自分がどういう顔で言っているのか解っているのだろう。
騙しきれないと言うより、騙す気さえもない空々しさが漂っている。


「…苦しくない?」

諦めたような溜息を吐き出して、男が訊いてきた。

「苦しいわ」

「それなら――」

「でも、それを含めて私の想いよ」

だから、それすらも甘んじてどころか喜んで受け入れる。
そんな想いを感じ取ってか、
ホントにネェさんを好きになればよかった、と男はまた泣きそうな顔をして笑った。






誰かを好きになろうとして、好きになることはできない。
それができればどんなに楽かと思うけれど、それは恋じゃない。

どうしようもできないから、恋なのだ。



男だって、それを解っている。

だから苦しんで、愚かにも薬に頼ろうとした。
本当は、薬になんて縋りたいワケではないくせに。









「止めなさい」

何度目か解らない言葉を繰り返した。
それなのに、男は未だ決心がつかないような不安定な笑顔を浮かべるから――…

手に持つ小瓶を奪い取り、
男から視線を逸らさず、目の前で床に叩き落とした。
小さなそれは大きさに見合った小さな音を立て、琥珀色の液体を床に撒き散らかした。

その上に、ハンカチを落とす。
白いハンカチが琥珀色に染まってから、とどめを刺すように踏みしめた。

男は琥珀色に染まった白いハンカチを見て、また私に視線を戻した。
その目を逸らすことなく見ながら、言い放つ。


「止めなさい」

止めるも何も、そのための薬は使えなくした。
けれど、それは一時的なモノでしかない。
やろうと思えばすぐにでも、男はまた取り寄せるだろう。

だから、その考えそのものを止めるようにと言ったのだ。

「酷ぇな」

男は、ほっとしたような困ったような複雑な顔で笑った。










男は、本気だった。
けれど、その想いを止めて欲しくもあった。

どちらも本気でそう思っていた。



――酷ぇな。
もう一度、同じ言葉を繰り返し、諦めたように男は笑った。

そのくせ、どうしようもないほどのやり切れなさが溢れていた。






07.05.22~03.13 Back