外は、嵐。 春だというのに、台風でも来たかのような嵐。 Storm. 学校は、休校になった。 GW間近で浮き足立ってる中、 1日でも増えた休日に、お気楽な中学生でしかない奴らはたぶん浮かれてる。 なのに、俺はツマラナイと思ってる。 それなりに好きな学校に行けないことも、 大好きな野球ができないこともあるけれど、 今日が誕生日だからというガキくさい理由もあったりする。 別に祝って欲しいワケじゃなく、 ただ当たり前の日常でいいんだけど、 その日常がないってのが、それはそれでツマラナイ。 溜息混じりに窓を見やれば、 映るのは外の景色でもなければ、灰色の空でもなく、 それさえも見えないほどに、雨が激しく打ちつけられているのと、 時折、遠くで雷が光るのが見えるだけ。 こんな日に、誰も外になんて出たくねぇよな。 じっと変わらない窓の外を見て、溜息を吐き出した。 けれど、一瞬、頭に何かがひっかかった。 休校となっているのだから、誰も学校になんて行くはずがない。 誰が好き好んで、こんな嵐の中を出かけると言うのか。 そう思うのに、浮かぶのは応接室。 そして、そこにいるヒバリ。 「…まさかな」 呟けば、それは嫌に現実的なモノに思えた。 非現実的なはずなのに、どうしても浮かんだ想像を消せない。 衝動的に部屋を飛び出して、 意味があるんだかないんだか解らないけれど、 玄関に置いてあった傘を引っつかんで、嵐の中に飛び出した。 「…何してんだよ」 と、言うしかないと思う。 結局、傘なんて意味がなくて、 途中で折れてしまったくせに捨てられないまま握り締めて、 半信半疑どころか、ある種の確信を抱いたままの行動は正しかったようで、 やはりヒバリは応接室の中、どうやったら全く濡れないでここまで来たのかと、 心底疑問に思うほどいつも通りの姿で、優雅に皮の椅子に座っていた。 「汚れるから入らないでよ」 ボタボタと水滴を落とす俺に、ヒバリは嫌そうに眉をひそめる。 もっと他に言うことはないのだろうか。 呆れるというか、脱力すると言うか。 「休校だろ?」 自分こそ、もっと他に言うことはあるだろうに、 気が付けば、そんな言葉を吐き出していた。 「君が言うワケ?」 口の端だけ上げてヒバリが笑う。 「…タオル貸してくんねぇ?」 ヒバリは、チラリとテーブルの上にあったタオルを見た。 それが答えだと勝手に解釈して借りて、 そのままソファに座ったけれど、ヒバリは何も言わなかった。 防音加工でもしているのか、あんなに激しかった雨の音は聴こえない。 薄暗い中、 電気もつけず、ヒバリはぼんやりと窓の外を見ている。 映るのは、俺の部屋で見たのと同じ。 打ち付ける雨と、時折光る雷だけ。 会話もないまま、 窓の外を見るヒバリと、そんなヒバリを見る俺。 静かで、 あまりにも静か過ぎて、いつの間にか寝ていた。 「いい度胸だよね」 目が覚めれば、あれから何時間経ったのか知らないが、 確実に眠る前より暗くなった部屋の中、じっとヒバリが俺を見ていた。 感情を表に出さない黒い眼が、じっと俺を見ていた。 遠くで光った雷を背に受け、青白く光るそれをキレイだと思った。 「今日、誕生日なんだ」 起きぬけの頭は働かず、 見とれながらに呟けば、だから、とでも言いたい視線が飛んできた。 「いや、別に意味なんてねぇんだけど、 なんとなく言いたくなったから言ってみたんだけど」 ヒバリはじっと俺を見たけど、 飽きたのか呆れたのか、また窓の外に視線をむけた。 「ヒバリの誕生日っていつ?」 問うたところで、答えはない。 別に答えを期待してたワケじゃないからいいけれど、 せめて視線だけでも戻ってこないかと思った。 そんな考えとは裏腹に、 ヒバリは願った視線はくれずに、答えをくれた。 「5月5日」 呟かれた言葉の意味を理解するのに、僅かの間がいった。 「…子どもの日」 思わず口に出せば、意外な鋭さで睨まれる。 「似合わないって言ったら、咬み殺すよ? 言われるまでもなく、自分が一番知ってるんだから」 「じゃなくって、納得したんだけど」 答えれば、 意外な言葉だったのか、ヒバリが訝しむ目を向けてきた。 それに応えるべきかと思ったけれど、 それこそ咬み殺されるような内容だと自覚があったので止めた。 俺は、 ヒバリのことを、まっさらなんだと勝手に思ってる。 汚点ひとつないくらいの、白。 その白さが、子どもと似ていると思った。 子どもの何モノにも染まっていない白とは違い、 ヒバリの場合は、染まれないとでも言えるような白だけど、 まっさらだと言う点においては同じ。 だから、勝手に納得した。 「晴れるといいな」 理由の変わりに、そんなことを言った。 「関係ないよ」 「どうせ学校休みだろ? GW中は、何でかうちの学校は部活禁止だしな」 会話にならない言葉を返せば、、何が言いたいの、と訊かれる。 だから、笑って答える。 「嵐なんて突発的な偶然じゃなくても、また確実にふたりっきりになれるだろ? ヒバリは、休み関係なく来るほど学校好きだしな。 だったらさ、嵐の中にふたりっきりってのもいいけど、 晴れた日にふたりっきりってのもいいなって思ったんだよ」 時折、雷が光る薄暗闇の中、 世界と断絶していると錯覚しそうな場所でふたりっきりもいいけれど、 晴天の明るい太陽の下、ヒバリの顔をじっくり見るのもいい。 「来ないよ」 窓の外に視線をやったまま、呟かれた言葉。 「来るさ。 ヒバリは学校が好きだからな」 「君が来るなら、僕は来ない」 相変わらず、窓を見ながらの返事。 「可哀想なことに、 自分がヒバリの中で学校より位置づけが低いって事くらい理解してるさ。 だから俺が何を言おうと、ヒバリは来るよ。 そんで、俺も学校に来る」 絶対に来るからな、と宣言して笑えば、 ヒバリはやっと視線をくれたけど、何も答えなかった。 視線が交差したのなんてほんの僅かで、 結局すぐに逸らされたけれど、別にそれでもよかった。 そんなやりとりでさえ、ワケもなく嬉しかった。 別に、大した関係じゃなかった。 ただなんとなく、気になる相手だと思っていた。 それなのに、 嵐の中を飛び出してしまうほどに、 ひとりにしておけない存在だと気づいた誕生日。
07.04.16〜4.23 ← Back