裏目に出た。 逃げるように仕事に没頭すれば、あと数日はやることがなくなってしまった。 机の上には、総帥直々に目を通すほどでもない書類が数枚あるばかり。 Who is loved? それなら、視察に行けばいい。 遠征に行くほどの戦争が起こってない今、 視察に来てくれ、と請われる声は多いのだから。 けれど、行けないでいる。 離れることが、嫌なのだ。 会わないのは、望んだこと。 けれど、離れることは望んでいない。 どうしてこうも、マジックのこととなると愚かになるのか。 知らず口元が歪む。 泣きたいのか笑いたいのか、もう解らない。 人が感傷的になっている中、突然扉が開きハーレムが入ってきた。 ハーレムは俺を見るなり一瞬にして眉を寄せ、凝視した。 「…誰も入れるなと言っていたんだがな。 アンタには、そんな言葉を通用しないか」 そう言いながらも、無理だろう、と解っていた。 あの秘書たちでは、ハーレムを止めることなどでるはずないのだから。 普段は寄り付きもしないくせに、こんな時に限って帰ってくるなんてタイミングの悪い。 浮かんでいた笑みのまま言ったところでその言葉には何も返さず、 ハーレムは眉を寄せたまま訊いてくる。 「…お前、何て顔してるんだよ。 何かあったのか?」 珍しく見る、真剣な顔。 「別に何もねぇよ。 それより、また金でもせびりにきたのかよ?」 問えばハーレムは、いっそう深く眉間に皺を寄せる。 「…まあな。 どうせ貸してくれないんだろうがな」 「解ってんじゃねぇか。 アンタに貸す金なんてねぇよ。 さっさと帰れよ」 今は、誰にも会いたくない。 誰の顔も見たくない。 ましてマジックと同じ色彩を持つ者など、見たくもない。 追い払うように手を振ればその態度に苛ついたのか、ハーレムは言葉を吐き捨て扉へと向かう。 ハーレムの背に流れる、金の色彩。 思い出す、同じ色彩を持つ男。 「金、貸してやろうか?」 気が付けば、酷く歪んだ声で呼び止めていた。 どこまで自分は、愚かに成り果てるのか。 浮かぶ歪んだ笑みと対照的に机の下で、強く両手を握った。 苛つく表情を隠しもせず、睨んでくるハーレム。 その青い目を見ながら、言った。 同じ青い目を持つ別の男を思いながら。 「アンタが俺の質問に答えてくれるなら、アンタが望むだけの金をやるよ。 団の金じゃなく、俺の金で」 「…何が知りたい?」 細められる青い目。 その目は、どこか痛ましげに俺を見ていた。 それに、確信する。 ハーレムが、何を問われるか気づいたことを。 そしてその答えを知っているだろうことを。 痛む胸。 けれど浮かぶ表情は、笑み。 何処までも歪んだ笑み。 「マジックとジャンの過去について――」 静かに壊れている気がする。 助けてくれ、と叫びたいのに、 唯一救ってくれる相手に苦しめられている今、救いなんて何処にもない。 それなのに未だ祈るように握り締めた両手は、誰に対して祈っていると言うのか。
10.10 ← Back