逸らすことなく見つめてくる目が、怖かった。
告げられる言葉を待つ時間が、怖かった。







Who is loved?







目を閉じる。
どんな言葉が告げられても、取り乱さぬように。

もうこれ以上、シンタローを傷つけたくはなかった。
想うことは止められるはずなどないけれど、拒絶されるのならば引く覚悟をしなければと思う。

けれどどんなに待っても、シンタローは言葉を発しない。
恐る恐る目を開けようとした刹那、シンタローの手が頬に伸ばされた。

少しかさついた手。
けれど、温かい手。

目を開ければ、シンタローは私を見据え、言った。




「アンタも、苦しかったのか?」

キレイなキレイな、黒い瞳が私を見つめる。
僅かに潤んだその目に、私が映る。


苦しかった。


けれど、その言葉は言えない。
苦しんだのは、シンタロー、お前だ。
そして原因を作ったのは、私。

だから、苦しい、など、シンタローを前にして言えるはずがない。
――それなのに、気が付けば頷いていた。

頬に添えていた両手を、シンタローの身体にまわし抱きしめる。
力を込め、抱きしめる。

伝わる温もりに、安堵する。

「…苦しかった」

告げる言葉は、震えた。
情けなくも愚かしくも、泣きそうになる。





「…なぁ。
 アンタが昔愛したヤツが、今、団にいるよな」

抑揚のない声で、シンタローが告げる。
何を言いたいのか、解らない。

どんな表情で言っているのかと顔を上げようとすれば、
シンタローが私を抱きしめ返し、それを阻む。

「もし…あいつが、アンタを選んだらどうする?
 初めてアンタが望んだ相手なんだろ?
 あの時と同じ姿でアンタを選ぶと言うなら…アンタはどうする?」

抑揚のなかった声が、真剣みを帯びる。
背に回された手が、僅かに震えている。

「…シンタロー。
 私が愛しているのは、お前だけだよ。
 選ぶとか選ばない、とかそんな選択自体が存在しない。
 私にとって、お前がすべてなんだ」

先ほど告げた言葉と、同じ言葉を繰り返す。


どうすれば、その想いが伝わるのか解らない。
だから、せめて強く抱きしめる。
抱きしめれば温もりが伝わるように、想いも伝わればいい。




「…そっか。なら、もういい」

力なく呟かれた言葉。
力なく下ろされた腕。

「シンタロー?」

抱きしめていた腕を緩め、顔を覗き込む。


何が、もういい、と言うのか。
どんな表情で、それを言うのか。

覗き込めば、笑うシンタローが。
歪んだ笑みではなく、あのキレイな笑みで。





「シンタロー?」

「あー、もううるせぇな。
 いいって言ってるだろ?
 だから…いいんだよ」

苦しんだんなら、もういい、と続けて小さく呟かれる。

「でも…」

何が、でも、なのか解らないが、許されるとは思っていなかった。
了承の言葉を望んでやまなかったくせに、その言葉を貰えば不安に駆られる。

信じることが、怖い。
信じていいのか、解らない。


そんな私を、シンタローが見上げてくる。
キレイな黒い目は、もう潤んではいない。





「…代わりじゃ、なかったんだろ?」

何の?、と問うまでもなく頷く。
代わりなどであるはずがない。

彼は彼でしかなく、シンタローはシンタローなのだ。

「信じてくれるまで、私は何度でも言うよ。
 私は、お前だから愛しているんだよ。
 他の誰でもなく、お前を愛しているんだよ」

すべての思いを込め、告げた。
そのまま無言で見詰め合うえば、シンタローがふいに笑う。

「だったら、いい」

まっすぐに目を見て、告げられる。

「代わりじゃないなら、いい」

だから、いい、とまた笑う。




キレイな笑みで笑う。
歪んだ笑みは、もうない。

けれど、いい、と言いながら、それは自身を納得させるような響きを色濃く放つ。
でも、それでも、シンタローはキレイな笑みで笑う。






キレイなその笑みを、再び見ることができて嬉しい。
だが、胸が痛む。
無理をさせている、とそれが痛いほどに解るから。

けれど、それでも傍にいたいと願う。
傷つけていると解りながらも、傍にいたいと。
もう離れることも、離れられることも無理なのだ。

我侭だと解っている。
こんな想いを刷り込みのように育ててきたことが、間違っていたとも。

けれど、解っていてもどうにもできなくて、
ただ懺悔するように、懇願するのように抱きしめ呟いた。




「…シンタロー、本当に私はお前がすべてなんだ」

なんて身勝手な言葉。

「…もう、いいって言っただろ」

それなのに、シンタローは私を抱きしめ返してくれた。
言葉を、想いを返してくれた。


傍にいられるのなら、この想いすべてを受け止めてくれるのなら、
この苦しみも痛みも抱えていくしかない。
でもだからこそ、もうこれ以上傷つけることないように守りたい。

それに誓い立てるように、抱きしめる腕に力を込めた。



「…守るから、ずっと傍にいてくれないか」

答えを求めることなく呟いた言葉に、シンタローが笑った。

「仕方ねぇから、いてやるよ」

その言葉が、本当に嬉しかった。
泣きたいほどに、嬉しかった。






04.10.16〜11.28 Back