「ねぇ、シンちゃん過去形なの?」 突然の言葉に意味が解らない。 What am I for you? 「は?」 思わず間抜けな声が出る。 「愛してた、って言ったよね? 今は違うの?」 言われた瞬間、恥ずかしさが込み上げる。 忘れてたけど、言った。 一生言ってやるつもりなどなかったのに、 どうしても何か言ってやらねば気がすまなくて口走ってしまった。 「っるせー。 つーか、もう離しやがれ」 ありったけの力とケリでなんとか離れて逃げる。 マジックが、楽しそうにクスクスと笑う。 穏やかな時間。 たった、数時間だ。 マジックが俺を忘れた時間は。 それでも、苦しかった。 ウザすぎる干渉も愛情も、どれだけ自分は欲していたか思い知らされた。 少しだけ距離を取って、まだ笑っているマジックを見る。 「もう一度、言って欲しいか?」 真っ直ぐに目を見て言えば、マジックはふっと笑った。 「いや、いいよ」 その言葉に落胆する。 何だよ、チクショウ。 今なら言ってやったのに。 残念だったな、二度と言う気はないからな。 「あっそ」 それならば、もう用はない。 今日は、疲れたんだ。 何も考えずに、寝てやる。 歩き出そうと背を向ける俺に、マジックの声がかかる。 「言わなくていいよ。 パパは、過去系の言葉なんていらないよ。 進行形の言葉が聞きたい」 「っ誰が言うかよ」 そんな恥ずかしいこと、誰が言うか。 噛み付けば、やっぱりマジックは笑っていた。 聞きたいと言いながら、それを期待していないような穏やかな笑みで。 「うん、それでいいよ。 思ったんだけどね、私はあの言葉が聞きたかったんだ。 記憶をなくしてでも、お前の本心が聞きたかったと思うんだ」 まぁ、記憶をなくしたのは偶然だったけどね、とまた笑った。 「…何だよ、それ」 「自信がなかったんだ。 お前に、愛されてる自信がね」 自信過剰とも言える男が、弱音を吐き出す。 苦笑を洩らしながらも、言葉を続ける。 それを、俺は何も言えず聞いている。 「愛し方を忘れていたから。 モノをあげるだとかかまい倒すだとか、迷惑考えずにやってただろ? 根本には、それはもう留まることを知らないほどのお前への愛情があったとしても、 受け取る側の気持ちをまったく考えてなかった。 それでも、お前は嫌々でもそれを受け取ってくれたりしたから解らなくなった。 親子だとか血が繋がってるからだとか、それだからかもしれない、って思ったりね。 …お前は優しい子だしね。 だから、怖かった。 ただ、家族愛で終わらされていたらどうしようって…」 「…家族、じゃないだろ?」 だって、血は繋がってない。 そんなことを言いたいワケではないのに、口から漏れ出た言葉はそれで。 マジックは、哀しそうに笑った。 「そうだね。 でも私にとってお前は、変らず息子で家族なんだよ」 …何だ、それ。 結局、お前は何なんだ? 家族愛を俺に求めてたのか? それ以上は、求めてなかったのか? 何なんだよ。 俺の気持ちはどうなる? そんな俺の逡巡を読み取ったのか、マジックが手を伸ばし抱きしめる。 「家族だけど、それだけじゃない。 それ以上に、何よりもかけがえもないほどにお前が大切なんだよ。 でも、自信がなかった。 お前の口から聞きたかった。 ちゃんと私を愛してくれていると。 嘘でもその場凌ぎの言葉じゃなく」 抱きしめられる腕に力が込められる。 切実なまでの想いが伝わってくる。 「だから、言ってやろうか、って言ってるじゃねぇか」 今なら、過去形じゃなく進行形で言ってやる。 雰囲気に酔った、と言う逃げ道が存在するから言ってやるのに。 「うん、言って欲しいけど。 もう十分解ったから、いいんだ。 私の気持ちをお前が受け取ってくれていたと解ったからね。 それにそんなこと言われたら、 嬉しすぎてまた記憶なくしてしまうかもしれないからやっぱりいいよ」 「何だ、それ?」 「あぁ、記憶なくす、じゃないね。 きっと、それに縋って生きていこうとするね」 それこそ、何だそれ、じゃねぇか。 意味解らねぇ。 「どういう意味だよ」 「言われたその時点で、時間を止めかねない、ってことだよ。 幸せすぎて、そのままその時間でだけ生きようとしそうだってことだよ」 それくらい、お前を愛してるんだよ。 そう笑って告げられて、喜ぶ馬鹿が何処にいるんだよ。 大概、マジックのことに関しては馬鹿だと思うことをしてしまう俺でも、 そんな言葉を喜ぶほどの馬鹿じゃねぇ。 生まれるのは喜びではなく、怒りだ。 「何だよ、それ。 それって、俺の言葉が信じられねぇって話じゃねぇか。 何なんだよ、ムカつく」 ムカつく。 ムカつく。 何処までも、ムカつく。 それしか言葉を知らないかのようにムカつく。 突然暴れ出した俺を、マジックは抱きしめる。 強く、けれど、優しく。 離せ、と顔を上げれば、痛みを耐えるような表情で俺を見るマジック。 「怖いんだ、私にとってお前はすべてなんだよ。 それがどういうことだか、今回のことで解っただろう。 お前の感情が知りたくて、偶然が重なったとは言え記憶さえも失った。 きっと、時間さえも私は止めてしまうよ。 だから言わなくていいよ。 信じるとか信じないとかじゃ、もうないんだ。 そんな次元は、もう過ぎたよ」 だから、本当は過去形で言ってくれてよかったのだ、とマジックが言う。 抱きしめてくる腕が、僅かに震えていた。 抱きしめられているはずなのに、縋りつかれているように感じた。 こんなにまでも想われて、愛されている。 高すぎるプライドも気恥ずかしさも気づかないふりをして、 応えてやろうと――応えたいと思うのに、マジックはそれを拒む。 望んでいるだろうに、それを拒む。 マジックは、それでいいかもしれない。 でも、俺は? 俺はどうすればいいんだ? 重すぎるとさえ思う、 けれど、それを受け取るのは絶対に自分しかいないと思うような感情を、俺は受け取るだけか? それは、違うだろう? それでは、単にマジックの想いに引きずられたと言えなくもない。 違うだろ? 望む感情は、それじゃねぇだろ。 応えさせろよ。 愛してる、と言えば、それに縋ってしまうから応なくていいと言ったのに、 今、愛してた、と言った俺の言葉に縋っているじゃねぇか。 俺の言葉は、お前を縛るためのモノじゃねぇだろ? 顔を上げ、襟を掴んで引き寄せキスをした。 思えば、初めて自分からのキスだったかもしれない。 目を見開くマジック。 「愛してる――、とは言ってやらない」 一瞬、ビクリとらしくもなく肩を揺らしたマジック。 本当に、その言葉を聞くのが怖いらしい。 言ってどうにかなる次元はじゃない、と言ったマジックの言葉が本音だと解らされる。 悔しいのか哀しいのか、痛む胸を無視して続けた。 「でも、覚えとけ」 何を、とは言わなかった。 マジックも、聞かなかった。 行動で知らしめただけだ。 逃げることと、向き合ったと言いながら受け取ることしかなかった俺からのアクション。 それで、気づけ。 それで、思い知れ。 俺の感情を。 参ったな、と力なく笑うマジックを、俺を抱きしめる。 それに応えるように強く強く抱きしめてくるマジックは、 やはり抱きしめるというより縋りつくというもので、宥めるように抱きしめ返してやる。 参ったのは、俺だ。 たった数時間、で何かが変った。 元の鞘に納まったようで、何かが確実に変った。 それでもやっぱり明日になれば、 何事もなかったかのようにマジックはウザイくらい俺を構い続けるのだろうか。 あぁ、参った。 それでもいいなどと思ってしまうのだから。 本当に参った。 でも、もういい。 アンタは一生、ウザイほどに俺だけを構い続けていればいい。
05.08.12〜11.20〜06.02.09 ← Back