「怖いくらいの幸せをあげようか?」 薄く笑いながら、マジック様が言った。 Awfully happiness. 「…何ですか、それ」 「言葉通りの意味だよ」 クスリと笑って、琥珀色の液体が入ったグラスを揺らめかせる。 「余計に解りません」 いきなりそんなことを言われても、解るワケがない。 そもそも、別に今不幸だとも思ってもいないのに、怖いくらいの幸せとは何なのか。 「そう? じゃあ、解るように言ってあげよう。 ティラミスは、私のことが好きだよね?」 当然のようにニッコリと笑顔で言われ、 当然の言葉だから、頷く自分。 そんな自分が時に愚かしく思えることがないでもないが、 それでも事実なのだから仕方がない。 「そうだよね。 だからね、怖いくらいに愛してあげようか、って言ってるんだけど?」 何かの見本のようで逆に嘘のような笑みでいながら、 目は真剣に思えるのは気のせいだろうか。 そんなことを考えながらも、動揺することはなく変らず冷静な自分がいた。 「結構です」 目を見て言い切れば、苦笑される。 「どうして?嬉しくないの?」 返事が解っていたような、からかいが混じる声。 「怖いくらいの幸せって、何なんですか。 怖いんでしょう? それなら、幸せとは言わないんですよ。 そんなもの私はいりませんから」 「そう? 怖いくらいの幸せをあげるって言葉と、 怖いくらい愛してあげるって言葉は微妙に違うんだよ」 自分で言っておきながら、 それを否定するような意味の解らない言葉をマジック様が言った。 何を言っているのか、と視線で問えば、違うよね?、と返される。 怖いくらいの幸せ。 怖い、幸せ。 それは、決して幸せではない。 では、怖いくらい愛してくれるとは? 怖いほどに執着される。 欲せられる。 他の誰でもない、マジック様から。 あぁ、そうですね。 怖いくらいの幸せと、怖いくらいの愛は違うみたいですね。 でも、それでも―― 「遠慮しておきますよ」 断りの言葉を言えば、どうして?、と問われる。 やはり、からかいの混じった声だった。 「逃げる道具にしないでください」 今度は、目を見て言えなかった。 「的確な言葉だね。 もっと、遠慮した言い方されると思ってたよ」 マジック様は、クッと喉の奥で笑った。 どこか嘲笑めいたそれは、誰に対してなのか。 逃げ出したいのだろうか。 シンタロー様がいなくなった今でも、決して変ることのない想いから。 重すぎる、そして世間一般で間違っているとされるその想いは、 ふたりの溝を深め苦しめていくだけで、そこに救いはない。 どんなに想っても、それは追い詰めるだけ。 それを解っていても、今更どうにでもなるモノでもなく。 それどころか、その比重は重くなるばかり。 そんな想いに疲れたのだろうか。 「逃げたいのですか?」 「…さぁ、どうだろうね」 互いに視線を合わすことなど出来なくて、 手の内で揺らめく液体を見ていた。 逃げたいのかと聞きながら、 そして、解らないと答えながら、 どちらも互いにそれができないことを知っていた。 逃げれるものならば、とっくに逃げている。 怖いくらいに愛される。 そんなモノ、欲しくはないんですよ。 怖いくらいに、って何ですか。 何かから逃げてそれを忘れるために、 というのがあからさまに感じ取れるじゃないですか。 だから、そんなモノ欲しくはないんです。 思うだけで愚か過ぎて、今まで忘れたふりをしていましたが、 …私はただ単に、愛して欲しいだけなんですよ。 怖いくらいに、なんて別にいらないんです。
05.11.06〜11.12 ← Back