「抱いていいか?」

拾った少年が言った。





追憶の果て

何故、あんなにコタローのことをマジックが厭うのかが解らない。 俺が望むなら何だって叶えてやる、と言うくせに、 どんなに泣いて頼んでも、一度としてコタローのことに関しては首を縦に振ってくれない。 どうして同じ息子なのに、こうまで扱いが違うのか。 マジックのことが解らなくなって、 考えようにも感情が飽和状態で何も考えられず、逃げるように足を向けたのは団の敷地内の片隅。 俺がまだガキだったころ、仕事の合間にマジックが遊んでくれた場所。 団の敷地内のくせに、入れるのは一族の者だけ。 それも俺が大人となった今は、誰もここには寄り付かないはずだった。 だから足を向けたというのに――先客がいた。 金の髪。 アイスブルーの瞳。 よく知った男と同じ色を纏う人間。 違うのは、年齢だけ。 誰だ、と問う声も、不遜な態度も似ていた。 そのくせ、何処か寂しそうな態度。 なのに、まっすぐに見つめてくる目は覇王のそれ。 その目のままに、 どうやったら自分のモノになる、と尋ねられ、 その態度や物言いが、どこまでもマジックに似ていると思って苦く笑った。 無理だと言えば、気分を害したような顔をする。 その感情のままに何かを言い出す前に、来るか、と訊けば、 一瞬の逡巡の後に、頷いた。 だから、 そのままマジックの元に連れ立って、一方的に許可を取った。 何でも望みを叶える、なんて言いながら、 本当に望んだことは叶えてくれないのだから、 このくらいのことは叶えてくれてもいいだろう? 傲慢だと知りながら、少年の手を引き自室に連れてきた。 「抱いていいか?」 部屋に入るなり、 それまでずっと無言だった少年が口を開いた。 自分より歳はもちろん、 背も足りない少年が言う、抱く、の意味について考えた。 単に、抱きしめるだけか否か。 真っ直ぐに見上げてくる目はどう考えても後者。 出した結論は―― 「無理だよ」 静かに告げれば、お前はそればっかりだ、と言われた。 まったくその通りでしかなく、また苦く笑った。 「何故、無理なんだ?  性別?年齢?体格?初対面だから?」 言い募る少年に、首を振る。 じゃあ何だ、とでも言いたげな視線に、 何度目か数えるのも馬鹿らしくなった苦笑で答える。 「似てるから」 誰に、とは、少年は訊かなかった。 訊かなくとも、先ほど会った人物が答えであると理解しているのだろう。 「…僕は、僕だ。  他の誰でもない」 出会った時に聞いた言葉を、少年が言った。 そうかもしれない。 けれど、ダメなのだ。 他の誰かであるのなら流されてもいい、と思ったかもしれない。 でも、似ているのだ。 どうしようもないほどに。 だから、無理でしかない。 何も言わない俺に少年は近づき、抱きしめてきた。 そのまま、近くにあったベッドに勢いのままに倒れこむ。 少年は、それ以外は何もしない。 だから俺も、動かない。 目を閉じれば、眠気を自覚する。 疲れからじゃない、逃避からのそれ。 何も考えたくないからと、現実逃避を望んだ結果のそれに逆らうことなく従う。 沈む思考の中で、名前、と問う少年の声が聞こえた。 僅かに唇を動かしたけれど、 それは声となって少年に届いたのかよく解らず、 完全に眠りに堕ちる間際にぼんやりと、自分も少年の名前すら知らないことに気づいたけれど、 知りたいと思うよりも、知るのが怖いと思った。
08.06.2 Back