――何も、 何も、考えたくなかった。 ミツヤのことも、ルーザーのことも、 手を血に染め、笑うことさえ忘れた自分のことも。追憶の果て
すべてから逃げ、辿りついた先は団の敷地内の裏手。 木々に取り囲まれ、僅かながらに開けた地。 父が生きていた頃、 仕事の合間に兄弟たちと遊んでくれた、家族以外誰も知らない隠れた場所。 父の死以降、家族さえも使わなくなった場所。 特に、何があるワケでもない。 大きな木があるだけの殺風景な場所。 その大きな木さえも、今は葉さえもつけていない。 侘しい、という言葉が酷く似合うと思った。 そんな木に背中を預け、ずるずると座り込む。 膝を抱え、顔を埋める。 泣きたいのかも知れない。 けれど、違うのかも知れない。 ただ、苦しい。 酷く苦しいんだ。 ガサリと周りを囲む木々が揺れた。 ハッとして顔を上げれば、 上着を脱いでいるため階級は解らないが団服を着た男がいた。 髪の色と同じ漆黒の目が、驚いたように見開かれるが、 総帥に会ったから、といった驚き方ではないように思える。 「誰だ」 低く問えば、お前こそ誰だ、と言う。 不遜にも程がある。 入団して間もない、という感じは男からはしない。 総帥として数日前にも、全団員の前で顔を出しているというのに、 更には、最年少で総帥に就いたという、 自分たちのトップに立つ人間を、本当に知らないとでも言うのだろうか。 「知らないのか?」 「あぁ」 しっかりと、男は頷いた。 何故だか笑い出したい気分になった。 団員に知られていない総帥なんて、存在の意味があるのか? 「…っク」 押し殺しきれずに、喉からくぐもった笑い声が漏れ、 ついでと言わんばかりに気管に入り、咽てしまう。 ゲホゲホとみっともなくも咳き込めば、男が駆け寄り膝を付く。 長い髪がサラリと流れ、手は優しく背中を撫ぜてくれた。 「大丈夫か?」 本当に、なんて不遜な態度。 総帥に向かって、ただの子どもを扱うように接するとは。 「…本当に、僕を知らないのか?」 呼吸を落ち着かせ、確認するように長い髪を引っ張り訊いた。 男は顔を上げ、視界に僕を映す。 「…似てるヤツは知ってるよ」 苦く呟き、視線を逸らされる。 逸らすな、と思った。 だから手を伸ばし、頬を包み込むように触れた。 「何だ?」 望んだように、視線が僕を映し出す。 「僕は、僕だ。 他の誰でもない」 似てるヤツなんて、いるはずがない。 そんなヤツを見るな、考えるな。 僕だけを見ていろ。 生まれたのは、独占欲。 「やっぱ、似てるよ」 クシャリと顔を歪めて、男は笑った。 自分と似ていると言う相手とこの男の関係が、 どんなモノかは解らなかったが無性に、この男が欲しい、と思った。 「どうやったら、僕のモノになる?」 問えば、無理だよ、とやっぱり顔を歪めて男は笑った。
08.06.2 ← Back