ミヤギに訃報が届いた。 トットリと一緒に日本に帰って行った。 その姿を見て、忘れていた記憶を思い出した。 Soft temperature. 母さんが死んだと聞かされた時、哀しみは浮かばなかった。 だって、知らない人だから。 写真でしか、見たことのない人。 病弱だから傍にいないという。 それを寂しいと思うことはなかった。 寂しいと思う暇もないほどに、マジックが構ったから。 そんな母さんが死んだ。 式は何故か夫であるマジックの宗教とは違い仏式で行うらしく、日本に飛ぶ。 迎えられた部屋には、 母さんの乳母だという女とお坊さん以外は誰もいない。 本当にマジックの妻の葬式なのか、と疑うが、 赤の他人の葬式などにマジックが出るはずもなく、 まして俺を呼ぶはずもないのだから本当だろう。 慣れない畳の上に慣れない正座をし、 目の前に飾られた母と言う名の初めて見る女の遺影を見つめた。 改めて遺影を見ても、 哀しみは湧いてはこず、儚げに笑う人だとただ思った。 お経が終わり、献花を、と告げられ席を立つ。 久しく正座をしたことがなかったためフラつく俺を、隣に同じく正座をしていたマジックが支えた。 自分以上に正座などしないであろうマジックのほうが、しっかりとした足取りなのは何故なのか。 ぼんやりと考えながらも、白い百合の花を捧げる。 顔をゆっくりと見たところで、やはり感慨はなく、 そのことに戸惑いマジックを見上げたところで表情を読み取れる顔をしてはいなかった。 哀しみにくれている、というにはどう見ても見れないのは、 単にそう見せているから、というようにも思えない。 本当に何も思っていない、としかいいようのない表情。 思わず、アンタの妻だろう、と言いそうになり口を噤んだ。 自分こそ、息子だというのに。 感慨もないままに終わっていくのか、と思ったけれど、 カーンカーンと響く音に、心臓が鷲掴みにされた。 棺に釘が打たれる。 釘がめり込んでいくたびに、もう会えないのだと思い知らされる。 蓋が開いたところで、生き返るわけでもないのに、 それでも釘が完全に打ち付けられれば二度と会えないと思ってしまう。 怖い、と思った。 それなのに、打ち石を渡される。 小さな四角い打ち石。 怖いと思っているのに、自ら絶てと言うのか。 思わず逃げ出したい衝動に駆られ、視線を彷徨わせばマジックと目が合った。 「二回だよ、シンちゃん」 柔らかな笑みで告げられる言葉がいっそう怖く、 言われるがままに二度石を打ち付ける。 カーンカーンと響く小さく音。 それは会ったと言えないような母と子の関係を、完全に断ち切ってしまった音に聴こえた。 火葬場に向かい、再びお経が読まれ棺が火葬炉へと入れられる。 1時間半ほどかかる、と係の人間が言った。 人を焼くのにかかる時間が1時間半。 それは長いのか短いのかとぼんやり考えれば、隣から声が聴こえた。 「長いね」 静かな、けれどはっきりとした声。 見上げれば当然の如くマジックしかいなくて、 目が合えばあの怖いと思ってしまう柔らかな笑みで続けられる。 「パパのガンマ砲だと一瞬なのにね。 あーでもそれだと、骨まで残らない上に広範囲を消し炭にしちゃうからダメだね。 シンちゃん、暫く時間かかるけど我慢してね」 まるで、面倒だ、と言わんばかりの言葉。 どうして?妻だろ? 詳しくは知らないが政略結婚だったとしても、 選び放題で選ぶ権利はマジックにあってそれで選んだ女だろ? それなのに、何故そんな言い方をする? 聞きたいのに声が出なくって、 それ以前に言葉が出なくって、行き場のない感情を唇を噛んでやり過ごす。 けれどそれだけではやり過ごせなくて、涙が馬鹿みたいに零れだす。 そんな俺をマジックが抱きしめる。 「シンちゃん、哀しいの? 大丈夫だよ。 何も変らないんだから。 だって今までもパパしかいなくって、これからもパパしかいないんだよ。 ほら、変らないでしょ? だから、泣かないで」 降り注ぐ柔らかな言葉も、 ぎゅっと抱きしめてくる腕はどこまでも温かいのに、 どうしても心は温まってはくれない。 哀しいのは、初めて会った母さんの死のせいじゃない。 それはどこか寂しい、という感情でしかなく、 俺が今哀しいのは、安心できる腕がなくなってしまったということ。 マジックを初めて怖いと思った。 誰もが恐れる怜悧な怖さではなく、 マジックという人間性の初めて垣間見てしまった柔らかな破綻。 それが怖く、そして哀しい。 泣き続ける俺を、勘違いしたままのマジックが更に抱きしめる。 それはもう安堵を与えてくれない腕。 けれど、その腕に縋りつく。 今はただ泣きたかった。 母さんのためではなく、この男のために泣きたかった。 もう二度とこの手を取らない。 これが最後だから。 そう言い聞かせて、泣き疲れるまで泣いた。
05.08.08(命日:08.05) ← Back