「シンちゃん…パパ、もうダメ」

臨終間近のような苦しげな声で、ベッドに横たわりマジックが俺に手を伸ばす。







The heart which weakened.

「…で。  本当のところ、コイツの病状って何?」 苦しそうなマジックを冷たい視線で流し、横に立つティラミスに訊いた。 「ただの風邪です。熱も37.3度ですし」 さらりと無表情で答えるティラミスに、慌ててマジックが口を挟む。 「ただの風邪とは何だい!?  風邪は万病の元と昔から言うじゃないか。  それに37度を越したら、もうそれは大病だよ!」 バカが、ムキになって口答えをする。 いくら体温が低いからと言っても、 37度超えたら大病って、お前本当に何歳だ? 「…それだけ騒げれば、十分元気っつーんだよ。  もううっとうしいから、俺を呼ぶな。  ティラミス、お前もこんなバカに付き合って俺を呼ぶな」 ティラミスは何も言わずに頷いたが、 マジックは、相変わらずギャーギャーと騒ぐ。 「シンちゃん、パパを見捨てる気!?  パパはこんなにもお前を愛してるのに」 何がどうなって、そんな引止めの言葉を吐くのか解らない。 誰か、このバカを止めてくれ。 「あー、もううるせぇっ。  頼まれなくても、アンタの最期は看取ってやるから安心して寝てやがれ!」 吐き捨てた言葉に、マジックが止まった。 驚いたように目を見開いて、俺を見る。 ちょっと、言い過ぎたかもしれない。 たかが微熱と言えど、病気になれば誰もが弱気になる。 それなのに、看取るだなんて言葉は酷かった。 後悔が、生まれる。 傷つけたであろう言葉を取り消すように口を開けば、 それが言葉となる前に、マジックが酷く呆然とした表情のままで呟いた。 「…シンちゃん、看取ってくれるの?」 信じられない、とでも言いたげに呟かれた言葉こそが、俺は信じられない。 「…当たり前・・・だろ?」 だって血が繋がってないとはいえ、親子なのだから。 言い訳のような言葉を付け足す。 けれどそんな言葉でさえも嬉しいのか、マジックが破顔した。 「…そっか。  シンちゃん、看取ってくれるのか」 嬉しそうな顔とは、まったく合わない言葉が続けられる。 それにどうしようもない不安を掻き立てられて、 思わず救いを求めるようにティラミスを見やったけれど、 ティラミスは表情を崩すことなくマジックを見ていた。 そんなティラミスの表情にさえも、不安を覚えてしまう。 「…やっぱ、止める」 怖かった。 そんな日がいつかは来ると解っているくせに、 それでも言葉にすれば、その日が現実味を帯びて近づいてくることが。 だから、止める、と言った。 不安と恐怖を感じたことを悟らせないように、笑って。 うまく笑えてないと自覚ある俺の表情をマジックは、じっと見つめた。 息が詰まるほどの沈黙が数瞬続いた後、マジックが笑った。 いつものバカみたいな、底抜けな笑顔で。 その笑顔で、止まっていたゆっくりと時間が動き出す。 「えー。  酷いよ、シンちゃん。  パパはこんなにもお前を愛しているのに」 再び言われた言葉に、身体が強張った。 また、あの不安と恐怖を覚えなければいけないのか、と。 けれどそれを打ち消すように、マジックがまたあの笑みで笑った。 「シンちゃんの顔を最期に見るのもいいけれど、  それで終わっちゃうなんて勿体無いことできないよね。  パパはずーっとシンちゃんの傍にいてこそ、パパだもんね」 ワケの解らないことを続けながら、マジックが笑いかける。 俺を安心させるように。 「…バーカ、言ってろよ。  もう俺は行くからな。  大人しく寝てろよ」 ぎこちない言葉を、吐き出した。 それが、精一杯だった。 死が身近にあることを、嫌というほど知っている。 それなのに、いつの間にかそれを忘れてしまう。 それは、今が幸せだから。 そんな時がいつまでも続けばいいと、無意識にも傲慢にも思ってしまっているから。 現実は今の穏やかな状況なのに、それ以上の現実が何かを思い出した。 永続的なモノは、何一つとない。 だから悔いなき選択をしなければならないのに、 それができているのか、と問うまでもなくできていない自分。 握り締めた拳が、酷く冷たかった。
05.01.18 Back