兄さんとふたりでねだって、父さんにクリスマスはあけてもらった。
どんなに忙しくても、夜だけ一緒に過ごして、と。

父さんは苦笑しながらも了承してくれて、今僕は兄さんと一緒に父さんの帰りを待っている。







A beautiful day.







「ねぇ、ルーザーはサンタさんに何を頼んだの?」

目をキラキラさせて、兄さんが訊いてくる。
7歳にもなって、サンタを信じている兄さんは可愛い。

「生体高分子情報の本ですよ」

「…何それ?」

「科学の本です」

答えてもよく解らなかったのか、兄さんは笑って誤魔化す。


「で、兄さんは何をお願いしたのですか?」

サンタなど信じていない僕。
でも兄さんが信じているのなら、僕は真実を言うつもりなどない。

キレイなモノには、ずっとキレイでいて欲しい。
何かを信じる心は、キレイだと思うから。

「お星さま」

…キレイな心の持ち主は、願うものまでキレイらしい。

果たして、父さんは星の代わりに何を買ってくるのか。
それを思うと、少しだけ気の毒になった。





その夜遅く、父さんが帰ってきた。
予定よりも大幅に遅れながらも、約束した日の内に帰ってきてくれた。

ただいま、の言葉と、抱きしめられる大きな腕に安堵する。
この時ばかりは、まだ小さく無力な身体でも好きになれる。

リビングに戻り、家族3人でクリスマスを祝う。
神など信じない一族だったけれど、何かと行事は祝う家族だった。

ソファに座る父さんの足元に、
僕と兄さんがジャレ合うように絡みつくのを、父さんは楽しそうに笑っていた。


「サンタさんから預かったプレゼントだよ」

そう言って渡されたのは、ラッピングされたモノ。
厚く大きなそれは、絶対に本。
頼んでいたモノだと喜びながらも、隣の兄さんを見た。

兄さんは、手にした小さな包みを嬉々として開けている。

果たして父さんは、何を兄さんに渡すのか。
何でも手に入る地位にいる父さんだが、星は無理だろう。
いや、星屑なら手に入れることはワケないだろうが、
それは兄さんが望んでいるモノではないと解っているはずだし…。

興味深々で、兄さんが小箱を開けるのを見つめる。
そして、上がる感嘆の声。

覗き込めば、そこには星をかたどったクリスタル細工。


「父さん、凄くキレイっ!」

星から目を離し、父さんを見上げる兄さんの目もキラキラと光っていてキレイだった。
そんな兄さんの頭に手を置き、くしゃりと髪を撫ぜながら父さんは笑う。

兄さんが手にしたモノは本物の星じゃなかったけれど、本物以上にキレイだった。



そして、自分の手元に目をやる。
欲しくてやまなかった本が、ここにある。

包みを丁寧に開けていくうちに、緊張で胸が高鳴る。
けれど包みを開け終わった瞬間、それは落胆へと変った。

それに気づいた兄さんが、僕を気遣うように声をかける。

「どうしたの、ルーザー?
 サンタさん間違えちゃったの?」

そう言って僕の手元を覗き込んだ兄さんは、感嘆の声を再び上げた。

「キレー!
 ルーザー、これ凄くキレイだね」

ニッコリと笑う兄さん。

手にしているモノは、本当にキレイだった。
でも、欲したモノではない。

父さんを見上げれば、苦笑された。




「…父さん、僕が欲しかったモノは……」

そこで、言葉が途切れた。
何と言っていいのか、解らなかった。

子どもらしくないモノを望んだ、という自覚もあったし、
忙しい父さんが無理をして今ここにいる、ということを思えば、何も言えなかった。

そんな心境に気づいたのか、父さんが僕の頭に手を伸ばす。
兄さんにしたように、くしゃりと髪を撫ぜられる。


「お前が望んだモノも素晴らしかったけれど、コレは父さんの我侭だ。
 キレイなモノを、お前に見てもらいたいと思ったんだ」

苦笑する父さんと、何を言っているのか解らないと言った顔で見上げる兄さん。
僕はそんな父さんをこれ以上困らせたくなくて、
そして兄さんにサンタクロースの本当の存在を知られたくなくて、それ以上口を噤んだ。




暖炉の火が、時折音を立てて爆ぜる。
その合間に聴こえる、兄さんの静かな寝息。
見上げれば、ソファに座る父さんの横で丸くなって寝ている。

それもそのはず、日付はとっくに変っているのだから。
いつもなら、もう眠りについている頃だ。

眠い目を擦りながらも、急ぐことなくぱらりぱらりと貰ったモノのページを捲っていく。

貰ったのは、宗教画。
聖母だの天使だのが、描かれている。

キレイだけど、父さんの言った意味がうまく自分の中で処理ができない。
キレイだけど、胸に響かない。


そんな僕の心境が解ったのか、父さんは僕を抱き上げ膝の上に乗せた。
そして画集を取り、ゆっくりと僕を抱えたまま広げた。

ぱらりぱらりと、ページが捲られる。
それを僕は眺めながら、疑問を口にした。


「父さんは、神を信じているの?」

その言葉に、背中で父さんが笑う気配が伝わった。

「信じてはいないね。
 でも、キレイなモノは好きだよ」

答えになっているようで、なっていない言葉を返しながらも、
父さんはページを捲る手を止めない。

僕は意味が理解できないままに、父さんがキレイだという宗教画を見る。
そして最後のページが捲られた時、僕の胸に衝撃が走った。


それは、本当にキレイだった。
美しくて神々しくて、僕は息を呑む。


それを感じた父さんが、また笑う気配が伝わった。
僕は父さんを振り返り、言葉にならない感動を目を大きく見開くことで伝えた。

父さんは僕の髪をくしゃくしゃに撫ぜ、キレイだろう?、と言った。

僕はぶんぶんと頷きながら、また最後の宗教画に視線を落とす。


聖母マリアが、生まれたばかりのキリストを抱いている。
そのふたりの横に、キレイな顔の天使がいる。

目を奪われたのは、聖母マリア。
慈愛に満ちたその微笑みは、ある人そのもの。

家に滅多にいない父の変わりに、双子の弟たちを抱く兄さんと似ていた。



「…父さん、凄くキレイ」

呟いた言葉に、父さんは僕の髪をまた撫ぜる。

「天使など信じてはいないけれど、
 偶然この絵を見て、お前だと思ったよ」

そう言って、指差されるのはマリアの横に佇む天使。
金の髪が淡い光を放ちながら、マリアの傍を離れない天使。

「天使が?」

「そう。
 お前と同じキレイな顔立ちだろ?
 それに、この聖母マリアの傍から離れない姿は、
 マジックの傍を離れないお前と似ているよ」

その言葉に、嬉しくなる。
父さんも、マリアが兄さんのように見えたんだと知ったから。

「兄さんは、キレイだよね」

嬉しくなって父さんを見上げて伝えれば、苦笑された。

「お前も、キレイだよ。
 みんなが、キレイなんだ。
 天使はお前、マリアはマジック。
 抱かれたキリストは、ハーレムとサービス。
 キレイで幸せな絵だろう?
 私はいつも家にいることができないけれど、
 お前たちがいつもこの絵のように幸せそうに暖かな生活をしていると信じているよ。
 …秘密だが、私もこの画集を買ったんだ。
 お前たちの写真とこの絵を見て、私は安心するよ」

悪戯を教えてくれるように告げられた言葉に、ドキドキする。

「父さん、約束するよ。
 僕はずっと、みんなと一緒にいるよ。
 兄さんが守る弟たちを守るよ。
 そして、そんな兄さんを守るよ」

画集を胸に抱き、父さんに言った。
父さんはまた笑って、頭を撫ぜる。

「あぁ、みんなを頼むよ」




父さんがくれた最高のプレゼント。
望んだ本より数倍も素敵でキレイなキレイな画集とふたりだけの秘密と約束。

サンタも神すらも信じないけど、僕は父さんに誓ってこの約束を守るよ。






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