16の誕生を迎える前日に、マジックに呼び出された。

「シンちゃん、お誕生日プレゼントには何が欲しい?」

「…いらない」

「シンちゃん、4年前に士官学校に入ってから、そればっかりだよね」

「別に……」

ただ、気づいただけだ。
マジックが、どういう人間かということに。






Birthday present.

多少変態が入っていたけど、それでも親バカな父親くらいにしか思ってなかった。 時折見せる冷たい目で、俺を見つめてくることは一度もなかったし、 それを見た俺が怯えていると気づけば、瞬時に笑顔を見せていたからな。 4年間士官学校に入ってマジックから離れた時、そんなのは一部でしかないと知った。 時折見ていた冷たい目をしている顔こそが、マジックの本当の顔なんだよな。 誰もがマジックに心酔しながらも、誰もがマジックを心の底では恐れていた。 赤い総帥服は何のため? 返り血を浴びても、目立たないため。 俺が知らないだけで、アンタは国をいくつ潰してきたんだよ。 どれだけの人間を殺してきたんだよ。 なあ…。 それで得た金で、俺の誕生日を祝うって言うのか? 血にまみれた金で俺に何を与えようと言うんだ? そんなモノはいらない。 「シンちゃん…本当に何もいらないの?  シンちゃんが望むなら、パパは世界だって差し出すよ」 「……っ!」 その言葉に、息を飲む。 見上げたマジックは、苦笑ともいえる笑みを浮かべていた。 「ア…アンタ、何言って…」 情けないことに、声が震えた。 マジックは俺が望むなら、本当に世界さえ差し出すことが解っているから。 「パパはね、シンちゃんが望むモノならなんでもあげたいんだ」 腕を伸ばされ、抱きしめられる。 「…いらない」 「…本当に?  じゃあ、何が欲しいの?」 答えを促すように、マジックは俺の髪を撫でる。 「…何もいらない」 「…パパはしんちゃんの誕生日をお祝いしたいんだよ?  何か言ってくれなきゃ、困っちゃうよ」 困ればいい。 マジックなんか、困ればいい。 血に汚れた金で得たモノで祝われる俺の気持ちを、マジックは考えたことがあるのだろうか。 それがどんな気持ちなのか、アンタ解るか? 「…シンちゃんは、お金の出所が嫌なの?」 恐る恐る、マジックが訊いてきた。 訊かれた内容は勿論のこと、その声が酷く頼りない声で顔を上げようとしたのに、 マジックが抱きしめる手に力を加え、それを許してくれない。 「ガンマ団が…パパが誰かを血に染めて得たお金で、祝って欲しくないの?」 ぎゅっと抱きしめられる腕の強さに、マジックの葛藤が垣間見えた気がした。 俺だけではなく、マジックも悩んでいたことを初めて知った。 「…あぁ」 「…そっか」 酷く情けない声で、マジックが呟いた。 緩められた腕から顔を上げる。 見上げたマジックの顔は、俯いていてよく見えない。 「……親父?」 「んー…パパもね、同じこと思った時があってね。  と言ってもパパの場合は、  貰う立場の時に思ったんじゃなくて、弟たちにあげる時に思ったんだけどね。  血に汚れたお金で買ったプレゼントをしても、喜んで貰えるのかって…」 ぽりぽりと所在なさそうに、マジックが頬をかく。 「でも弟たちがその疑問を抱く前には、プレゼントを渡すことをやめたから忘れていたけど、  シンちゃんは、そんなことを考える歳になっちゃったんだよね…」 いつもの饒舌は消え失せ、訥々とマジックが語る。 静かなその声に、その言葉に、俺は何を言えばいいのか解らなくなる。 「でもね、シンちゃん。  それでも、パパはお祝いがしたいんだ。  シンちゃんが生れてきてくれたことが本当に嬉しいから…。  だから、やっぱりシンちゃんにはプレゼントを受け取って欲しい。  でも、それがシンちゃんを苦しめちゃうんだよね…。  …これじゃあいつまでたっても、堂々巡りだね」 マジックが、小さく笑った。 「シンちゃんが、バカ息子だったらよかったのに」 「は?」 いきなりの言葉に、思わず間抜けな声が出る。 「だから、シンちゃんがバカ息子だったらよかった、って言ったんだよ。  お金の出所とか気にせずに、プレゼントを強請ってくれるような子だったらよかったのにね」 「あーそうですか。  悪かったな、細かい子どもで」 先ほどまで見せていた消沈した顔は消え失せ、今はいつもの食えぬ笑みを浮かべている。 その変わり身の早さに、ムカついた。 俺はまだ悩んでいるのに、なにをコイツは言っているのだろう。 思いっきり睨み上げれば、マジックはもう笑ってはいなかった。 真剣な目で、俺を見つめている。 「でも本当にそんな子どもだったら、パパきっとシンちゃんのことここまで好きにならないよ」 嘘偽りの無い目で、俺を真っ直ぐに見てマジックが言った。 その真剣さに圧倒され、俺は何も言うことができずにただマジックを見た。 「…でもやっぱりそれだと、堂々巡りなんだよね。  シンちゃんが欲しいモノを言って欲しい。  シンちゃんの喜ぶ顔が見たいんだ」 それだけ言うと、マジックはふっと笑った。 苦しそうな笑みだった。 再び伸ばされた手が、頬を撫ぜる。 労わるように、慈しむように…。 マジックは、もう何も言わない。 痛いほどの沈黙が、ふたりを包む。 「…誕生日…プレゼントは、いらない」 乾ききった喉から搾り出すように、呟いた。 頬を撫でていた手が止まる。 その手を辿って、マジックを見据える。 「…シンちゃん、でもパパは……」 苦しそうにマジックの顔が歪む。 でもそれを遮って、言葉を続ける。 「アンタは何で、プレゼントを与えようとするんだ?」 「シンちゃんの喜ぶ顔が見たいから」 「だったら俺がいらないって言ってんだから、  プレゼントを貰ったところで俺が喜ばないってのは解らないのか?」 「それは…そうだけど…」 まだ何か言おうとするマジックの胸倉を掴み、引き寄せる。 「いらないって言ってるだろ。  俺は何かを買い与えられたところで、喜べないんだよ」 「でも、シンちゃん…」 「あー、もううるせぇ!」 胸倉を掴む手に力をいれさらに引き寄せ、キスをした。 いつもマジックが俺にしてくるキスを、俺からマジックに仕掛ける。 マジックは驚きのあまりか、動けないでいる。 反撃してくると思ったが、かなり動揺しているらしい。 そのことに、そんな場合ではないと知りながらも、勝った気になる。 トンとマジックの胸を突き放した。 未だに呆然と俺を見つめるマジック。 「シンちゃん?」 「俺は、本当に欲しいモノなんてない。  それに欲しかったとしても、血にまみれた金で買ったモノも奪い取ったモノもいらない。  アンタが俺の喜ぶ顔が見たいと言うのなら、絶対にそんなモノ寄越すな。  俺は…俺はただ……」 その先を言うべきかどうか、躊躇する。 けれど、今言わなければきっとマジックには伝わらない。 両手を握り締めて、自分を鼓舞する。 「…俺は、俺が生れてきたことを本当に喜んでくれている、って解ればいいんだ。  モノなんかじゃなくて、気持ちでそれを伝えてくれるだけでいいんだ…」 「…シンちゃん」 嬉しそうにマジックが笑う。 どうして、この男は俺の言葉ひとつでそこまで表情を変えるのだろう。 人を殺す時はあれほどまでに冷酷な目をしているのに…。 「シンちゃん、明日パパとデートしよう?」 いつの間にか近づいたのか、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめマジックが言った。 その温もりに笑顔に安心しながらも、重要なことを思い出す。 「あ、明日、必須演習の授業があるから無理だ。  でも、夕飯ぐ…」 夕飯ぐらいは付き合ってやろう、と言おうとしたのだが、 それは最後まで言葉となって出てはくれなかった。 マジックが携帯を取り出し、もう話し始めている。 「あ、私だがね。  明日、士官学校を休校にするよう頼むよ」 …開いた口が塞がらない。 馬鹿みたいに、口を開けたままマジックを見上げれば、 電話を切り終えたマジックが俺を見つめ、微笑む。 「これで、明日ずっと一緒にいられるね?」 「…アンタ、何したんだよ?」 「士官学校を休校にしただけだよ?  本当はずっとシンちゃんの誕生日は休校にするつもりだったんだけど、  そんなことしたらシンちゃん怒るかなって思って我慢していたんだけど…」 照れたように笑いながら、マジックが告げてくる。 「…アホかっっ!  怒るに決まってるだろ!  解ってるんだったら、そんなことするんじゃねぇ。  今すぐ、取り消せ!」 胸倉を掴み上げ怒鳴ったところで、マジックは苦笑するだけ。 「シンちゃん、パパが何か買ってプレゼントするのと、一緒に過すのとどっちがいい?」 「…それって、卑怯だぞ」 単なる苦笑ではなく、困ったように笑いながらそんなことを言うなんて卑怯だ。 胸倉を掴んでいた手が、力なく落ちた。 マジックは俺の頭を抱き寄せ、ごめんね、と謝った。 「……仕方ないから、明日だけは許してやる。  でも、来年以降は絶対するなよ」 学校が終われば、大人しくアンタの元に返ってくるから、 と小さく付け足せば、マジックは、ありがとう、と呟いた。 間違った愛情の下、間違った愛情だと知りながら、後どれだけこの間違った関係を続けるのだろう。 いつか終わらせなければいけないと思いながらも、そんな日が来ることはないと知っている。 マジックが俺を手放すことなどなく、 これまでマジックがやってきたことを思えば嫌悪すらするというのに、 俺自身ももうマジックから離れられないのだから。
07.26〜09.13 Back