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「こんばんは」 月がキレイな夜、 かけられた声に振り返れば、上等なスーツを身に纏った金髪の男がいた。Blue Moon.
「…何か?」 このクソ寒い中、さっさと家に帰りたいってのに何の用なのか。 「キレイだね」 こちらの気持ちなど関係なしに、 しかも、訊いたことをしっかり無視して男はのたまった。 「…」 無言で睨み付けるが、効果なし。 ニッコリと品のよい紳士的な笑みを浮かべるのみ。 これは、アレだ。 一見、酔っていないように見えて酔ってるヤツとか、 実はイっちゃってるヤツとか、つまり、関わっちゃなんねぇヤツだ。 一応、引きつりつつもニッコリと笑って踵を返す。 さっさと帰らなければ、なんか、絶対、危ない。 なのに、歩は進まず。 しっかりと、いつの間にか掴まれた腕。 それを辿って顔を上げたら、やっぱり紳士スマイルな男。 「…何か?」 あぁ、もうどうしよう。 蹴っていい?殴っていい? その後、一目散に逃げるからっ。 じりじりと後退しようにも、男の手が掴んで話さない。 「あのね、一緒に死んでくれないかな?」 笑みを殊更深めて、男は言った。 ッバン。 いい音がした。 手ごたえも感じた。 けれど、狙ったはずの顔に鞄は当たらず、 庇うように空いていた腕で受け止められた。 つまりは、ダメージなし。 ダメージを受けたのは、突然の意味不明発言による俺の心のみ。 「痛いな」 言葉とは裏腹に、やっぱり男は笑って言う。 痛いって、何が? お前の精神が痛いってか? それなら、思いっきり肯定してやるから消えてくれ。 それがダメなら、せめて腕を放せ。 なんかもう、あまりの出来事過ぎて頭は静かにパニック状態。 何が悪かった。 俺はちゃんとマジメに学校行った帰りだって言うのに。 この道を通ったのがダメだったのか。 月をキレイなんて思ったのがダメだったのか。 って、そんなことが理由だと言われても困るんだけれども。 「…や、もう、一人で死ねよ」 パニック状態の頭が導き出した答えはそれ。 うん、でも、間違ってねぇよな。 「ひとりは、嫌だよ。 君と一緒がいい」 穏やかに、 それも、何でか安らぎでも見つけたように笑って男が言う。 けれど、やっぱり言われてることは理解不能。 見ず知らずの人間にいきなり一緒に死のう、と言われて頷く人間なんていねぇだろ。 でも、何でだろうな。 穏やかに笑ってるくせに、目は何処か寂しそうだなんて思ってしまったのは。 いや、 それだからって、一緒に死んでやる理由なんてねぇけどな。 「大丈夫。 まだ、君が生きたいなら生きてていいから。 ただ死にたいって思ったとき、勝手に私が一緒に死ぬだけだから」 や、もう、本当に意味が解んねぇんだけど。 でも、とりあえず解ったのは。 「…アンタ、俺の傍にいつく気か?」 問えば、勿論、と男が笑う。 「だって、一緒に死ぬんだからね」 さも当然のように、男が言う。 それに、ムカついた。 「俺は、いいなんて言ってねぇよ」 「そうだね」 でも、関係ない、とでも言うように、男は笑う。 「どう考えても、アンタのが年上だろ? 俺は全く持って寿命以外で死ぬつもりはねぇんだよ。 俺が死ぬの待つ前に、アンタが先に死ぬんだから絶対に一緒に死ぬなんて無理だ」 ちなみに、寿命ってアレだからな。 事故とか絶対認めねぇ。 大往生の老衰しか認めねぇ。 「大丈夫だよ」 何でもないことのように、男は笑う。 そして、言った。 「だって、私は吸血鬼だからね」 本来、寿命なんて君よりずっと長いよ、 なんて続けられたところで、何をどう信じろと? 「あぁ、信じてないね。 でも、それもいいかもしれないね。 ずっと傍にいるから見てればいい」 だから一緒に死のうね、なんて言われても頷けるヤツはいないって言ってるだろ。 「…病院、行って来い」 「病気じゃないよ。 あぁ、でも、調べれば人じゃないって解るから、君は理解してくれるかな? 理解してくれたら、一緒に死んでくれる?」 少し弾むような声。 比例して、うすら寒くなる俺。 だって、見上げた男の目はキレイなんだ。 嘘を言ってるようになんて見えねぇ。 本当に、澄んだ青い目。 「…アンタが、アンタの言うとおり吸血鬼だったとして、 俺と一緒に死ぬのなんて無理だろ?」 一緒になんて、作為的でないと無理だ。 それに、俺は寿命を全うする気満々なのだ。 「大丈夫。 君が、契約してくれたら」 「…それって、俺に吸血鬼になれと?」 だって、人間に血を飲ませて仲間に引き入れるのってセオリーだろ? でも、だったら、一緒に死ぬなんて無理だろ。 「契約と言うか、正式なモノではなく、中途半端な契約ってのが正しいかな。 君が私の血を飲んでくれて、私が君の血を飲まなければ契約は中途半端に成立する。 その場合、生は私ではなく君に主導権が握られる。 だから、君が死ぬ時が私が死ぬ時になるんだよ」 素敵だろ、と言われても解らない。 「…どうして、俺なんだ?」 だって、今、会ったばかりじゃねぇか。 「だって、キレイだったんだ」 本当に、それはもう嬉しそうに男が笑った。 そう言えば、最初に同じ言葉を言われたっけ。 「何が?」 「魂が」 …魂と言われても、どう返せと? そんな俺の気持ちなんて解らずに、嬉しそうに笑ったまま男は続ける。 「本当に、キレイだったんだよ。 気が遠くなるほど生きてきたけど、こんなにキレイなモノは初めて見て、 もう死んでもいいかな、って思うくらいに。 でも、どうせなら最後までずっと一緒にいられたらな、って思ったんだ」 だから、一緒に死んでくれ、ってなるって? やっぱり、その思考は解らない。 けれど。 「契約したとして、別に俺の傍にいなくてもいいってことだよな?」 先ほど説明された契約内容に、そんな言葉はひとつもなかった。 「…そうだね」 嬉しそうに笑っていた男は、気づいたか、とでも言いたげに苦笑に変えた。 男が言う契約とは、 つまり、俺が死ぬ時が男が死ぬ時になる、と言うだけで、 別段、他の効力も制約もないようだった。 だったら、 契約を交わしたところで、俺には今後一切関係ない。 それこそ、男が本当に吸血鬼であろうと狂人であろうと関係なく、 変な男と効力があるのかないのか解らない契約を交わしたという事実が残るのみだろう。 「なぁ、何で俺と一緒に死にてぇんだよ?」 もう一度、訊いた。 先ほどとは、少しだけ違った訊き方で。 「だって、君がいるのなら私も生きていたいし、 君がいないのなら、私は生きていようなんて思わないって思ったんだ」 ただ、それだけだよ、と男が笑う。 嬉しそうに、けれど、切なそうに。 「でも、契約したとしても、俺はアンタを傍にいさせる気はないぜ?」 だって、そうだろ。 ワケの解らない人間…というか、 吸血鬼を誰が好き好んで傍に置いておくというのか。 「それなら、君の視界に入らないように傍で見てるよ」 ダメかな、と小首を傾げても可愛くない。 そもそも、 契約自体は受け入れられると思っているようなところがあるのもどうかと。 仮定で話しただけで、別に了承したつもりはないのだが。 沈黙が落ちる中、月光を受けて煌く青い目を見上げた。 言動は兎も角として、 身なりも、仕草も、本当に紳士のようだと思う。 それなのに、どこか捨てられた犬のように見えるのは何故なのか。 捨て置けない、と思ってしまうのは何故か。 やっぱ、寂しそうに見える青い目のせいかもしれない。 とてもキレイな青い目。 何処までも澄ん見えるそれは、キレイな湖の奥底の色のよう。 キレイすぎて、生物が生きていけないほど澄み切った湖水の青。 目を伏せる。 それからゆっくりと瞬きをして、青い目を射抜くように見上げた。 「いいぜ、契約してやるよ」 目を見開く男に、笑ってやる。 「傍にいることも許してやるよ」 「…一緒に死んでくれる?」 泣き笑いのような顔で、男が訊いた。 つくづく、 本当に、男は死にたかったんだと思う。 一緒に死んでくれる、なんて普通言わないだろう。 言うとしたら、一緒に生きてくれる、が正しいと思う。 残りの生すべてを、一緒に生きてくれるかどうか訊かれたほうが、 まだいくらか…本当に僅かの差といえど、まだマシだと思う。 でも、 男の望みはそれで、それを為すのに俺を選んだ。 早まった、と思わないでもない。 でも、見放せない、と思ったのだから仕方がない。 同情とか、憐れみとか、 多分にそんな想いでしかないけれど、 きっとこの男ならば、 ただ了承の返事さえくれれば、 理由となった感情の名前なんてどうでもいい、 とでも言いそうだから、それでいいのだと思う。 「あぁ、一緒に死んでやるよ」 まだまだ先のことだけどな、と笑えば、 それなら、まだまだ傍にいられるね、なんて笑うから、 実害があるワケでもなさそうだし、絆されてもいいかと思ったんだ。 だって、こんなに月がキレイな夜だから。 何があったって不思議じゃない。
08.09.08 ← Back