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「シンちゃん。
 パパもうダメ眠くて死にそう」

ベッドに寝転がって雑誌を読んでいたら、
枕持参で、いきなり部屋に入ってきてマジックが言った。





Good Night.





2日前に、鍵を変えたばかりなのに。

しかも、
キンタローとグンマに頼んで生体識別の特殊なモノにしてもらっているのに、
なんでそう毎回毎回、たった数日で突破してくるんだよ。

ふたりとも馬鹿だけど、単なる馬鹿ではない。
天才と認めたくはないが、認めてしまえるくらいには頭がいい。

そんな奴等に頼んだ鍵を、コイツがひとりで突破できるはずもなく、
どんな弱みを握られているのかしらないが、絶対、裏には高松がいるのだろう。
変態のくせに、キンタローたちの上をいくからな。
マッドはマッドで凄いらしい。


…じゃなくて、現実に戻れ、俺。


意識を遠くにしていた数秒の間で、早くもベッドに潜り込み、
あまつさえ、俺を抱きこんで寝る体制に入ってんじゃねぇよ、クソ親父。











「シンちゃん、おやすみ」

ギュっと力強く抱いて、言うセリフじゃない。
そんな体制で、俺が眠れるか。

引き離そうと手を伸ばしかけたところで、見つけてしまった目の下のクマ。


総帥を俺に明け渡して引退したくせに、裏で結構いろいろやっているのを知っている。


初めは、信用ないのか、とか、
子供扱いするな、とか思っていたけれど、今は何も言えない。

気づかないふりをするのが精一杯だ。


休まなきゃダメだよ、と言いながら、
俺が休めるようにお前が影で必死になって動いてどうする。
クマなんか、作ってんじゃねぇよ。


そこまで、俺に尽くしてどうする。
俺は、何も返せないのに。


伸ばしかけたまま止まっていた手を、
胸ではなく顔に伸ばし、そっとクマを撫ぜたら、
今にも落ちそうな意識を繋ぎ止めて、シンちゃん、と微かに呼んで笑った。









「なぁ。
 俺のこと、好きか?」

普段なら、絶対言わない台詞。

言ったとしても、
投げやりだったり裏があったりだろうに、
何気ない風に訊きながらも、実は怯えながらに訊いた。

「当たり前じゃないか。
 パパはー、シンちゃんをー愛してるんだよ」

枕に沈み込みながら、間の抜けた声が聞こえる。

今なら、聞ける気がした。
単に、好きか、と訊いただけなのに、
態々、愛してる、と答え直すだけの理性というかアホさ加減が伺えるなら、
半分意識が持っていかれた状態だからこそ、本音が訊けると思った。


「なぁ、俺が女だったらどうした?」

「んー、どうもしないよぉ。
 パパはー、シンちゃんだから好きなの」

何でもないことのように、
考える余地すらないことのように、マジックは眠そうなままに答える。

「あぁ、でもー、嫌、かな…」

眠いのを必死で我慢して、枕から顔を上げて少しだけ笑った。

でもそれも数秒しか持たず、
眠さに負けてか、再び枕に沈み、目を閉じる。

けれど、言葉はまだ続く。

「だってー、
 もし子供が生まれちゃったらぁ、絶対パパに構ってくれなくなる…でしょ?
 今だって…ずっと、片時も離れず一緒にいたいの、すっごく我慢してるんだよ。
 これ以上は無理ー。
 だからぁ、今のままでパパは幸せ」

シンちゃん大好きー、なんてもう半分以上夢の世界に旅立った状態で笑う。
その顔があまりにも間抜けで――本当に幸せそうで、ちょっと泣きたくなった。







怖かったんだ。
本当は、ずっと。

親子だけど、親子じゃなかった。
血の繋がりはない。


今なら、
俺のことは兎も角、コタローのことを自分の子供として愛してると解っている。

一族の掟で、マジックが愛した女ではなく、
単に優秀な卵子との間にできた子供だとしても、
それでも、ちゃんと親子の愛情でもってコタローに接している。

――それならば、
それならば、子供が欲しいんじゃないかって思った。

自分と、ちゃんと情を交わした相手の子供を。

それが俺じゃなくてもいい、
なんて言うつもりも言えるつもりもないけれど、ただ、思ってしまった。

思いついてしまったら、ずっと心はそれに捕らわれてしまった。






「シンちゃんはー、ずーっとパパの傍にいてくれたらいいんだよ。
 パパだけを見ててくれたらいいの。
 他には、何もいらない。
 だからぁ、ずっと傍に。
 せめて、夜だけは――」

ずっと、傍に。

それだけ言って、
完全に意識は落ちたらしく、微かな寝息さえ聴こえてくる。

黙っていれば冷酷にさえ見えかねない端整な顔も、
寝ているときだけは少しだけ緩まり、柔らかく見える。

そんな頬をひと撫でして、
もう聴こえないとは解っていても、おやすみ、と小さく呟いた。










信じていいんだよな、
なんて訊くのも馬鹿らしくなるほどに、幸せそうに笑ってくれた。

それなら、もう恐れない。
素直に気持ちを受け入れることができる。

でも、
気持ちを受け入れることと、自分が行動できるかは違う。

そんなに直ぐに素直になんてなれない。
自分の性格からしても、何年経っても無理だって思わないでもない。



けれど、もう鍵は変えない。

片時も離れず、ずっと一緒なんて約束はできないけれど、
それでも、お前が望むなら、夜だけは一緒にいてやる。

だから、夜はまたくればいい。
“おやすみ”くらいは、言ってやるよ。






08.07.16 Back