「付き合ってくれる?」

見慣れない黒いスーツに身を包み、マジックが言った。





Funeral procession.

この溜まりに溜まった机の上の書類が目に入らないのか、とか、 分刻みで予定が埋まっていると言うのに、 まして、それを解らない立場じゃないと言うのに、 突然来て何を言い出のか、とか、言いたいことは山ほどあったのに、 見たこともないほどに精彩の欠いた顔を見てしまい、言葉を飲み込んだ。 結局、 何とか聞き出して解ったことは、 マジックがとてもお世話になった人が亡くなったため、一緒に葬式に出て欲しいということだった。 だから今、肩を並べて葬列に並んでいる。 普段は、馬鹿だろ、と言いたくなるようなピンクのスーツを着ているくせに、 今日は見たこともない黒いスーツを着ている。 隣に立つ俺も、 普段は赤いスーツを着ているくせに、同じく黒いスーツを着ている。 そんな格好で、 マジックがどれだけ世話になったか知らないどころか、顔さえも知らない人の葬列に並んでいる。 哀しみなんて湧くはずもなく、 ただ、沈鬱な顔で墓標も見るマジックを見ていた。 時折、 すすり泣く人々の声が聴こえてくるのが、酷く物哀しかった。 「ごめんね」 何もかもが終り、 飛行場へと向かう中、マジックが言った。 お前には関係ないのにね、と、 続けられる言葉に、返答のしようがない。 総帥を継いでから、何度かマジック関連の人物が亡くなったことはあったけれど、 どれも総帥を降りたマジック自身が赴くか、秘書達が勝手に対応をしてくれていた。 それなのに、今回は態々俺を伴ったのだ。 それだけ、大事な人だったのだろう。 俺が一緒に行ったところで何も変わらないと思うが、 それでもマジックにとって、俺が必要だと言うのなら、こんな時くらいは優しくしてやりたかった。 「思ったんだけどね」 徐に足を止め、ポツリとマジックが呟く。 振り返れば、マジックは俺なんて見ずに空を見上げていた。 つられて顔を上げれば、晴れ渡った雲ひとつない空が広がっている。 「お前より、先に死ねるのっていいね」 穏やかに、 穏やか過ぎるほどに言われた言葉の意味が解らず視線を戻しても、 変わらず空を見上げるマジックがいるだけ。 「…何?」 無様にも掠れる声で訊いた。 ゆっくりと、マジックが視線を俺に向ける。 絡んだ瞬間、泣くのか、と思うほど僅かに顔を歪めながらも、マジックは笑った。 「大切な、人だったんだ。  私に、いろいろなことを教えてくれた。  人を殺す術を教えるくせに、単なる人を殺す鬼になるな、と言ってくれた人だよ。  当時、私には意味が解らなかったけど、お前が生まれてその言葉の意味を理解したよ。  お前と一族に対してしかそれを示すことができなかったけれど、  それでも、総帥であった私に対してそんな言葉を言える稀な人だったよ」 そんな人が逝ったんだ、と笑う。 「残された人間は、たまったものじゃないね。  死なんて、唐突だ。  人の命を奪ってきた人間の台詞じゃないけれど、そう思わずにはいられないよ。  私は、なんて罪を犯しすぎたんだろうね。  ルーザーの時は酷く後悔しても、それでも一族のことしか考えられなかった。  一般の人間のことなど、同じ人ではないとさえ思っていたよ。  でも、今は違う。  ただ残される側の想いを痛感してるよ」 だからね、と続けられる。 「私は、お前よりも先に死にたいよ。  お前が先に逝ったりしたら、哀しみの果てに狂うね。  そんなのは、嫌だよ。  だから、お前より年齢的に先に死ねるから嬉しいと思うよ」 ごめんね、と笑う目の前の男を、殴ってやりたいと思った。 「…っお前は」 それで満足かもしれないが、残された俺はどうなる、とか、 その苦しみを俺に味わえって言うのか、とか、 言いたいことはあるのに、何も言えない。 だって、穏やかに笑うのだ。 心底安心したように。 悔しくて、泣きそうになった。 愛してる、とマジックは言う。 それに言葉で答えた覚えはないし、態度でも答えた覚えもない。 けれど、気づけよ。 俺のこと、好きなんだろ? 愛してるんだろ? だったら、気づけよ。 俺の性格を、考えろよ。 お前と同じように、残された俺の痛みを考えろよ。 頭の中では言葉は生まれるのに、開きかけた口からは何も出てこない。 それは、理解しているから。 この男は、俺が何を言っても、 今、俺が思った言葉をいくら並び立てても信じないのだ。 笑って、ありがとう、だとか、 嬉しいよ、だとか言うくせに、絶対に信じないと解っている。 その言葉に対し、喜ぶことはあっても、 でも、それは自分が思うほどじゃないんだよ、と言葉にしなくとも続けられるのだ。 そんな男に、何も言えるはずがない。 言ったところで、虚しくなるだけだった。 「お前が死んだところで、清々するな」 言えない言葉の代わりにそう告げれば、マジックは嬉しそうに笑った。 「そう言ってくれて、嬉しいよ。  泣かれるより、ずっといい」 本気の言葉ではないと解っているくせに、それでもお前は笑うのか。 嬉しい、とまで言うのか。 どこまでも、自分勝手なマジック。 告げるつもりはないとは言え、 報われない想いを抱えているのは、どちらか解ったものではない。 もう一度、よかった、と笑うマジックを、 いっそのこと、俺が今この手で殺してやろうかと思った。 浮かんだ殺意は、どこまでも本気だった。
08.05.13〜 Back