ジャラリと響いた音。
不自然な重みに伴い痛みを伝えてくる、右手首。





On a chain.





「…いつかはやると思ってたよ」

嫌な予感を通り過ぎ、
諦めに似た確信で視線を投げれば、想像通りに鈍く光る銀の手錠。

「だって、そうでもしなきゃ手に入らないんだもん」

「…だって、とか、だもん、とか言ってんじゃねぇ」

「お前は余裕だね。
 私は、酷く怖がっているんだけどね」

どこがだよ。
怖がってるヤツは、苦笑なんて浮かべねぇんだよ。


「どうでもいいから、これ外せ」

「私が外すと思う?」

「…思わない。
 どうせ、高松あたりに頼んで作らせた特注だろ?」

鎖に目を落とせば、変らず鈍く光っている。
ずっしりとしたそれは、単なる金属だけではないと悟る。







「よく解ったね。
 でも、それでお前は諦めるの?」

「…アンタ、言ってることとやってること矛盾してないか?」

「そうだね」

静かに目を伏せ、マジックが笑う。

「…何がしたいんだ?」

「さぁ、解らないよ」

「解らないのに、態々特注の手錠なんて用意したのかよ」

伏せられていた目が、俺を捕らえる。
ただただ、静かな目がそこにある。



「そうだね。
 私は、お前が暴れると思ったんだよ。
 例えそれが特注で作らせた強固なモノだと解っていても、
 お前は、血を流してでも逃れようとすると思っていたんだよ」

「…何だ、それ」

「…うん、何だろうね。
 だから、解らないんだよ」

「暴れて欲しかったのか?」

問う声が、震えそうになるのを必死に耐えた。

「…そうみたいだね」

「…アンタは、アレだな。
 無理やり手に入れようとする時はどんな手でも使ってそれをやろうとするのに、
 手に入った途端それに価値を見出せなくなる。
 最低だ」

「それは否定できないけど、お前に関しては違うよ」

告げられた言葉は、真実だと知っている。
けれど、それをすべて信じられないのは事実。

マジックの冷酷さを知っている。
それが、自分にだけ当てはまらないとは言い切れない。

どれだけの愛情を貰ってきたとしても。




「それに、お前は本当に私の手に入ったと言える?」

「…ふざけんな」

「だろ?
 お前は、私の手になど堕ちないよ」

「…アンタ、何がしたいんだ?」

「何がしたかったのかな」

マジックが、手錠に手を伸ばす。
じゃらり、と再び鎖が音を立てた。

手を取られ、恭しくも口付けられる。
その手を掴んだまま、静かな笑みを浮かべる。







「私は、お前が解らないよ。
 どうして、逃げようとしないのかな」

「逃げようとして欲しいのか?」

「違うよ。
 私は、理由が知りたいだけだよ。
 ねぇ、どうしてかな」

問うてくる目が、苦しそうに歪んだ。


「…無駄だと知ってるから」

「それ、本当?
 お前は、いつでも足掻いてきたくせに?」

「…アンタ何が言いたいんだよ」

さっきから、マジックが何を言いたいのか解らない。
矛盾した言葉ばかり吐き出してくる。

「だから、解らないって言ってるじゃない。
 でも…、そうだね。
 言って欲しいのかもしれないね。
 お前の口から否定の言葉が聴けることを」

「…何を」

何をして欲しいんだ?、と訊く声が掠れた。
怖かったのかもしれない。



息を、呑んだ。
体が強張る。

それに気づき、マジックがふっと笑った。







「聞き出そうとしてるわけでも、無理やり言わすつもりもないよ。
 いつかお前が自分から言ってくれたらいいと、勝手に思っているだけだから」

俺の手を掴んでいない手で、頭を撫でられる。
ガキの頃、早く大きくなって、と言いながら撫でた優しさで。

それから、ごめんね、と小さく呟いて手錠を外される。
カチリと無機質な音が、やけに耳に付いた。




その一連の動作を、瞬きもせずに見ていた。






04.12.02〜07.03.21 Back