「パパのお仕事って何?」 キラキラと目を輝かせて、シンタローが訊いた。 答えに喘ぐ頭の中で、 だから言ったんだ、というハーレムの声が聴こえた気がした。 Past decision. 「よく集まってくれたね」 久しぶりに、兄弟全員を集めたのには理由がある。 ルーザーはニッコリと笑って頷き、 ハーレムはやる気のなさを隠しもせず頬杖をついて欠伸をし、 サービスは表情を変化させることなく私を見ていた。 「何だよ、兄貴。 俺は忙しいんだから、早く用件言えよ」 「すぐに終わるから、待ちなさい」 周りを見渡せば、兄弟皆こちらをちゃんと見ている。 もう誰もが、とうに大人になった。 幼い者は、ここにはいない。 大きく息を吐き、本日の目的である事を告げる。 「ガンマ団は今日をもって、 世界最強傭兵集団から世界最強殺し屋集団とする」 それを聞いても、 ルーザーは変わらずニッコリと笑ったままで、 サービスは変わらず表情に変化はなく、 ふたりは、そうですか、という同じ言葉を吐き出した。 ただ一人、反対したのはハーレム。 「っ何でだよ、兄貴」 やる気なげだったのが、今は席を立ち上がってまで訊いてくる。 「何を驚いているんだい、ハーレム。 傭兵集団と言っても、やってることは殺し屋と変わらなかっただろ? ただそれを大々的に言うかどうかの違いじゃないか」 「だったら、今まで通り傭兵集団でもいいじゃねぇか」 ムキになるハーレム。 他のふたりの反応は予想通りだったが、ハーレムだけが違った。 戦闘好きのハーレムのことだから、喜ぶとしか思っていなかったのに。 「同じ事をするのなら、言葉の持つイメージが大きいほうを選んだほうがいいだろ。 傭兵と殺し屋では、受け取るイメージが大きく異なる。 そうすれば、無駄に軽く見られることもなく有利になることも多いだろ?」 でもっ…、とそれでも納得のいかない様子のハーレムに、 これは相談ではなく決定だ、と言い放つ。 「…後悔するぞ」 絶対に、とハーレムがぐっと眉間に皺を寄せて唸るように言った。 「何を後悔する? するはずなんてないだろう。 お前もサービスも、もう子供じゃない。 一族が何をやってきたのか知っている。 今更だろ? だから、後悔するはずなんてない」 それこそ、絶対に、だ。 言い切ったところで、 それでも納得できないようにハーレムは苦渋に満ちた声で何かを言った。 あの時ハーレムが、 何を言ったか解らなかったけれど、今ならそれが解る。 解ってしまった。 解りたくもなかったのに。 けれどそれを気づかせた存在は、 大切で、大切すぎて、その存在を否定することなどもうできないのだ。 視線の下には、目を輝かせたまま返事を待つシンタロー。 いつものように私は、視線を合わせようとしゃがみこむことさえできず立ち尽くしたまま。 シンタロー、私は怖かったんだ。 自分の甘さを知っていた。 それを断ち切れない限り、総帥としてはやっていけないと知っていた。 だから、切ったんだ。 冷酷非道の青の一族が残した逃げ道を、私は断ち切った。 やっていることは人殺しに過ぎないくせに、 傭兵だといい逃れる逃げ道など残せば、私は潰れると思ったから。 それに、兄弟の他は誰も愛さないと思っていた。 愛すべき兄弟たちは自分たちの一族の仕事を理解したうえで団に残っていた。 だから、彼らは一族の所業に関して傷つくことなどない。 それならば、もういいと思った。 結婚したとしても政略結婚の相手など愛せるはずもなく、 そんな女から生まれてくる子どもも愛せるはずもないと思っていた。 それなのに、シンタロー。 結婚相手に愛情を微塵も感じないくせに、 お前には絶えることなく愛情が溢れかえってくる。 幸せにしたいと思う。 血に塗れた手だと言うのに。 「…シンちゃん、パパのこと好き?」 震える声で訊いた。 シンタローは自分の問いに答えない私に首を傾げながらも、 ニッコリと笑って、大好き、と言った。 後悔が押し寄せる。 止め処なく、押し寄せる。 それを押し留めるように、小さなシンタローを抱きしめた。 逃げ道を残して置けばよかった。 傭兵集団だと言えれば、まだよかった。 人のために力を貸す仕事だと、多大なる嘘を吐けたのに。 子どもに言えない仕事にしてしまったことの後悔は勿論、 いつしかこの子が大人になった時の選択を考えることが怖かった。 穢れなきこの子が私の仕事を知り去って行くことも、 私の兄弟のように思うことはあったとしても受け入れることも、 どちらも耐え難いことに思えてならない。 けれど、それはいつか来る現実。 それならば、私は出来うる限り嘘を続けよう。 一秒でも長く、この子が本当に笑っていられる時間が長いように。 「誰かの役に立つことをしてるんだよ」 どんな嘘だ、と自分でも思う。 けれど、すべてが嘘だと言い切れないのだ。 誰かが団に暗殺を頼み、それを果たすと言うことは、 誰かの役に立っていると言えないこともない。 嘘で塗り固めていたとしても、すべてが嘘じゃない。 眩しいまでの笑みで、凄いねパパ、と笑うシンタロー。 ごめんねと、何度謝っても足りない。 あの時の選択が間違っていたとも言い切れない。 そうしなければ、私は潰れていただろうから。 それでも今、私はどうしようもないほどに後悔している。
05.10.29〜07.01.03 ← Back