声が聴こえない。 俺の名を呼ぶ声が、もう聴こえない。 Grudge. ジャンの声なき言葉。 それを読み取ったマジック。 それから、声が聴こえない。 座り込んだまま、すべてを遮断する。 何も、聴こえない。 何も、考えない。 ただ、今日をやり過ごす。 今夜を、やり過ごす。 それさえ出来たら、元の俺に戻れるから。 「シンちゃん」 声がした。 それは、極間近で。 けれど、見上げる勇気がない。 俯き、目を閉じたままに答えない。 「シンちゃん」 再び呼ばれた声に、ハッとした。 何て、声をしているのだろう。 こんなにも弱った声を聴いたことがなかった。 だけど、顔を見る勇気はない。 それでも、声の弱さが気になって目を開けた。 もう暗くなっていた。 座り込んだ時は、温かな日差しが入ってきていたと言うのに。 それでも、今日は終わっていない。 まだ、今夜、と言える範囲内。 虚ろな視界に映ったのは、靴だった。 戦場においてでさえ、磨き込まれた靴しか見たことがない。 それなのに今目の前に映る靴は、泥に汚れていた。 挙句の果てに、草までもが所々についている。 何処まで探したんだ、とか、 そこまで探しても、どうして見つけられなかったんだ、とか、 いろいろ言いたいことがあるのに、ただその汚れた靴を見ていた。 「シンちゃん、あのね…」 弱りきったままの声が聴こえる。 感じる違和感。 それが何なのか解らないままに、マジック声を聴いていた。 「あのね、今日、ずっと一緒にいてくれないかな?」 何で、と思った。 それはもう素直に。 行かないのかと思うよりも先に、安堵するより先に。 「…どうして?」 震える声で訊いた。 それでも、顔は上げれなかった。 「ずっと、一緒にいたいんだ」 お願いだから、とマジックが言う。 なんで? アイツのことが好きなんだろ? ずっと好きだったんじゃねぇのかよ? ――俺は、身代わりでしかなかったんだろ? 「…シンちゃん」 答えない俺にマジックは膝を付き、視線を合わそうとする。 それでも頑なに床ばかり見る俺の頬に触れ、上を向かせる。 不安に揺れる青い瞳が、そこにあった。 「ダメかな?」 懇願に似た響き。 マジックも俺も、きっと今にも泣き出しそうな顔をしている。 「なぁ、俺のこと好きか?」 何度も何度も繰り返し、好きだとか愛してるだとか言われてきた。 それでも、今聞きたかった。 アイツの代わりではなく、俺自信を好きだと言ってほしかった。 あれだけ逃げ回り、否定し続けてきたくせに。 「何度でも言うよ。 私は、他の誰でもないシンタロー、お前が好きだよ」 愛してる、と真っ直ぐに見つめてくる目には偽りは何処にもない。 ただ声と同様に、懇願に似たものを感じるだけ。 「なら、いい」 それなら、いいんだ。 本当の本当はアイツを選びたかったとしても、 ずっとアイツを想い続けていたとしても、 今くれた言葉と、今日だけかもしれないけれどアイツより俺を選んでくれたのなら、もうそれでいい。 「シンちゃん?」 不安そうにマジックが俺を呼ぶ。 マジックを安心させるように自分が安心するようにと、腕を伸ばして抱きしめる。 ぎゅっとしがみ付くように、離さないとでもいうように。 「傍にいてやるよ」 そんな言葉を吐き出しながら、本当は自分こそが傍にいてほしいと願っていた。 誰にも渡さないと思うのは、 親子関係にあった延長線上なのか、それ以外の理由からなのか気づかないふりをして。 ただ認めるのは、醜いまでの独占欲。
07.02.08〜08.04.24 Grudge=遺恨 ← Back