初めて、人を殺した。

洗っても洗っても、泥も血も落ちてはくれない。
二度とこの汚れは、消えてくれることはないのだろうか。





The first day which killed people.





「泣けばいいんだよ」

「っ誰が泣くかよ」

そう返したものの、本当は泣きたかった。
喚きたかった。

でも、そんなことできるはずがない。
まして、マジックの前でなどもっとできるはずがない。


反対したのを押し切って、団に入ったのは俺。
それがどんな組織なのか知っていて、入ったのは俺。



演習と実践の違いに震えた。
初めて人を斬って、殺した手の感触に震えた。

けれどそれでも、泣けるはずなどない。





選んだのは俺だから。
それなのに、どうして今マジックの存在を許しているのか。

拒絶している態勢を取っているというのに、出て行けとは言えないでいる。


慰めてくれ、などと本音を言えるはずもない代わりに、
背を向けたままの状態を維持している。

その意味を知っていて、
今は黙って慰めるように頭を撫ぜる手が酷く哀しかった。




昔、コイツを慰めたのは誰だろう。
そんな相手がいたかと想像したところで、誰も思い浮かばなかった。

総帥に就いたのは、まだ幼かった頃だという。
父親の急死ゆえのそれは、
幼いマジックにどんな衝撃を与えたのか想像すらできない。

何も解っていないお坊ちゃんだったから、酷く困ったよ、
なんて以前、苦笑してたけれど、そんな程度であるはずがなかった。


自分より随分と歳の離れた相手を従える、
それも軍隊と遜色のない奴らを、
お坊ちゃんだった子どもが従えさすなんて並大抵のことじゃない。

心を殺さない限り、きっとやっていけない。



初めて人を殺したのは、俺より幼かっただろう。

でも、その時すでに頂点にいたマジックを誰が慰めることができる?
部下になんてできるはずもないし、マジックがさせるはずもない。

それならば、兄弟?
それも、無理だな。

身内一番のコイツは、きっとそんな面を見せない。
幼い自分より、更に幼い弟たちに、汚い面を見せようとしなかっただろう。
それが長く持たないと知っていても、俺に対してそうであったように。




「…泣けばいいって言うけど、アンタは泣いたのか」

呟いた声に、頭を撫ぜる手が止まった。

「…そんなこと忘れたよ」

いつ?、と訊かずとも正確に意味を読み取ったマジックは、
苦笑しながら答え、頭を再び撫ぜ始める。

その答えの哀しさに、
それを偽る優しさに、
その手の温もりに、
知らず涙が頬を伝った。


背を向けているため、マジックは俺の顔を見れない。
それでも気配で感じ取ったのか、
大丈夫、と意味のない言葉を繰り返し抱きしめてきた。



泣いたのは、初めて人を殺したからじゃない。
ずっと昔の泣けなかったマジックを想ってだった。 






06.04〜 Back