「シンちゃーん」

大きな声で名を呼んで、
振り返る大好きな笑顔が見たかった。

それなのに、
見せてくれたのは、嫌そうに眉間に皺を寄せた顔。





Can I your wish?





「…何だよ」

子どもには難しそうな分厚い本を
ソファに深く腰掛けて読んでいたシンタローは、
心底嫌そうに顔を上げた。

最近、私に対する扱いがよくないのは何故か。
12歳にして反抗期なんだろうか。

けれど、そんなことを気にしちゃいられない。



「今日は、ホワイトディだよ。
 何が欲しい?
 何でもいいから言ってね」

その言葉に、
ただでさえ寄っていた眉間の皺が深くなり、
まるで相手をしていられない、とでも言うように、視線は本へと戻される。

それでも、会話を続けてくれる。
こんなところが愛おしいのだ。

「アホか。
 ホワイトディっつーのは、チョコのお返しだろうが。
 俺は、お前になんぞやってねぇだろ」

「何言ってるの。
 チョコは貰わなかったけど、
 シンちゃんずっとパパと一緒にいてくれたじゃない。
 だから、お返しするんだよ。
 で、何が欲しい?」

「…一緒にいてくれた、じゃねぇだろ。
 会議もほったらかして、お前が俺に付きまとったんじゃねぇか」

「えー、そうだった?
 パパすっかり忘れちゃったよ」

都合の悪いことは、忘れる。
覚えているのは、シンタローの表情。

怒っても、可愛い。
笑ってくれれば、愛おしい。

気持ちが溢れてしまう。
それなのに、シンタローはそっけない。




「とうとう、耄碌したか」

「その時は、シンちゃんが面倒見てね。
 お礼に、今から何でも欲しいものをプレゼントするから」

「バレンタインのお返しじゃなかったのかよ」

「何でもいいんだよ。
 パパは、シンちゃんに喜んでもらいたいだけだから。
 だから何でも言ってよ」

ふざけた会話の中に本音を混ぜ込めば、
それを悟ったシンタローが本を読むのを止めた。

パタンと小さな音を立て、
閉じられた本を見つめながら表情をなくして何事か考える。

何にしようか、という可愛らしい悩み顔ではなく、
何か考えあぐねているような、そんな子どもらしくない真剣さ。

危機感を覚えてしまう、その表情。



「…シンちゃん?」

呼ぶ声は戸惑ったものとなってしまったが、
それに反応したシンタローは顔を上げ、じっと私を見つめてきた。

「…何でもいいんだな」

念を押すように、真剣な目と声で問われる。

「勿論だよ」

そう応えながら、
不可能なことを言われると怯えた。






「じゃあ、バースディプレゼントは俺の望むことを叶えろよ」

告げられたそれは、不可解なもの。

物心つくまでは、
喜んでくれるだろうモノを想像してプレゼントし、
物心がついてからは、
望むモノを訊いてプレゼントしてきた。


今更だろう?
それにシンタローが望むなら、
何をしてでも叶えようとするのが、自他共に認める私だ。

それなのに、何故念を押すように今それを望む?




「いつも望みを叶えてきたよ?」

ドクンドクン、と心臓が嫌な音を伝える。
背中は、冷やりとした汗が伝う。

こんな経験、したことがない。
これは、一種の恐怖だ。

そんな私の心境を知ってか知らずか、
シンタローはふっと笑った。


「でっかいモノ望んでるんだよ。
 だから、嫌って言えねぇように保険かけてんだよ」

バーカ、とまた笑うシンタロー。
その笑顔にほっとしつつも、嫌な感触は拭えないまま。

だって、シンタローはこんな顔で笑わない。
慰めるように、労わるように――そして、誤魔化すように。

それでも、まだ何も気づきたくない私は、
ただ何事もなかったように笑って返すだけ。

「解ったよ。
 シンちゃんは、何を望んでるんだろうね?
 パパ、怖くなっちゃった」

笑いながら本音を混ぜても、
先ほどのようにシンタローは何も反応しなかった。

ただ、あの不安にさせる笑顔で、
楽しみにしてろよ、と言って笑った。



誕生日など来なければいい、と、
思ってしまうほどに、私の心は掻き乱された。

シンタローは、何を望むと言うのだろう。
それを、私は叶えるのだろうか。
 





06.03.13 Back