「愛してる」 想いすべてを込めた言葉を受け止める相手は、 口の端に嘲笑を浮かべた。 The past to repeat. 「楽しいですか?」 呆れたような、それでいて楽しそうな声で、 男は服を身につけていく。 楽しいはずないだろう。 すべてが手に入る地位に就きながら、 どうしてこんなにこそこそと会わなければならない。 答えは簡単。 それがこの男の出した条件だから。 『抱いてもいいですけど、サービスに知られないようにしてくださいね』 そう言って笑った男の顔を、今でもはっきりと覚えている。 人懐っこい笑みの中に見えた嘲笑。 その時すでに頂点にいた私は、笑い返した。 『断る権利があると思うのか?』 その問いかけに、男は更に笑みを深める。 『地位的に言えば、断る権利なんてないでしょうね。 でもね、マジック様。 あなたこそ、断る権利はないと思いますよ? だって、もし断ると仰るのなら、 私はこの首を掻っ切って死にますから』 表面上は人懐っこい笑みのまま、 手には支給品であるサバイバルナイフを持ち、首筋の頚動脈にキッチリと当てる。 ふざけた口調の中、 目とその手が本気を伝え、断れば確実にこの男を失うと悟った。 それから始まった関係は、 どこまでも隠された関係であり、月に数度会えればいい程度。 それでも、私は嬉しかった。 満足など、到底できなかったけれど。 そんな関係が、どういう結末を辿ったのか覚えていない。 サービスに悟られたのかもしれないし、 男が逃げたのかもしれない。 記憶は曖昧で、 ただ自分から手放したということは有り得ないとだけ言える。 それほどまでに、欲していた。 そして同じだけ確実なことは、男がもういないということ。 もうあの男以上に、誰かを欲することなどないと思っていた。 それなのに、出会ったのは男とよく似た自分の子ども。 有り得ないほどに男に似すぎていたシンタローは、 それでも、男とは確実に違っていた。 無邪気な笑みを私に向ける。 手を伸ばし、望み、触れてくる。 欲した男からは、得られなかったモノたち。 根底にある感情は、欲したモノではなかったけれど。 それがいつしか、欲したモノへと変りを遂げた。 シンタローは隠し通そうとしていたけれど。 気づかないはずがない。 それこそが、望んだモノだから。 それなのに、過去は繰り返される。 「愛してる」 想いすべてを込めた言葉を受け止める相手は、 口の端に嘲笑を浮かべた。 あの頃の、男と同じ嘲笑。 けれど、対象が違う。 男は、私を嘲笑していた。 けれどシンタローは、自分自身を嘲笑する。 そして、続く言葉は同じ。 「楽しいか?」 男とは違う自嘲の中、哀しみが伺える表情で問う。 楽しいはずがない。 地位がどうこうとは、もう言わない。 それで動かされるモノが数え切れないほどあることも知っているが、 それ以上に、そんなもので動かされないこともあると知っている。 あの頃とは、違う。 「楽しくなんかないよ。 ただ、痛いだけだよ」 真実、思ったことを告げても、 シンタローは自嘲の笑みを深めるだけ。 あぁ、本当に痛い。 どうしようもないほどに、胸が痛い。 シンタローの問いかけの意味が、哀しい。 代わりを抱いても楽しいか、 と訊くあの子の胸は、この痛み以上に痛むのだろう。 「愛してるよ」 解ってくれ、信じてくれ、 と、あの男を想った以上に想いを込めて告げても、 シンタローは信じてはくれない。 そして、それは何処までも頑なで、 どれだけ時間をかけても信じてくれないのだろう。 自嘲を浮かべるシンタローは、 いつも口にせずとも、この顔じゃなかったら見向きもしないくせに、と言っている。 そして、それを否定できないという事実。 だから、この想いも届かない。 受け入れてはもらえない。 あれから何年経とうとも、 相手が変ろうとも、 あの時以上に深まった想いだとしても、 そんなことは関係なく、私の愛は永遠にシンタローには届かない。 だけど、いつかを信じて傷つきながら、 そして、シンタローを傷つけながら、同じ言葉を繰り返す。 何度も何度も…。
06.01.18〜03.10 ← Back