「シンタローさんの初恋は誰だっちゃ?」 初恋話で盛り上がっていたトットリが、訊いてきた。 思い出すのは、マジックのバースディパーティー。 そして、ふたりの男。 呆然とした目で俺を見る、初めて会う淡い金を纏う美貌の叔父さん。 そして隣で苦しそうな表情で立ち竦む、よく見知った眩しいほどの金を纏う自分の父親。 First Love. 「シンちゃん、勿論パーティーに出席してくれるよね?」 ニッコリ笑って、マジックが訊いてくる。 「パーティー?何だそれ? クリスマスにはまだ早いだろうが。 まー、どっちにしても俺は出ねぇけどな」 本当は何のパーティだか知っている。 けれど、気のない返事をする。 「えぇっ。 シンちゃん、パパの誕生日も忘れちゃったの? 酷いよ、シンちゃん」 本気にしたのか、マジックはオロオロと焦りだす。 そんなヤツが、世界最強で最恐の団のトップに立つ男。 誰もが恐れる男。 だけど、俺の父親。 「…叔父さんは?」 泣き出しかねないほどに焦るマジックに、 気のない声で、けれど少しの期待を込めて訊いた。 「…来るよ。 今年は、絶対。」 一瞬、マジックの顔が強張ったのは何故なのか。 突っ込んで聞いてみたい気がしないでもなかったが、 マジックは遮るように、いつもの調子で不満を言い始めた。 「シンちゃんは、いつもサービスばっかり気にするね。 パパのほうが、断然シンちゃんを愛してるのに」 「好きだからな」 会ったことなど数度しかない上に、 ここ何年も会ってはいないというのに、 何故かずっと変ることなく俺にとって叔父さんは特別だ。 だから、いつもの調子でさらりと言ったつもりなのに、 マジックが愕然とした目で俺を見た。 また喚き出すのか、と思ったけれど、 静かに、そう、とだけ言って出て行った。 何か、あるのだろうか。 マジックと叔父さんの間に。 そして、俺を挟んだ間に。 初めて会った時に感じた緊張を孕んだ空気。 あれは何なのか。 いつも訊きたかった。 けれど、いつも訊けなかった。 士官学校に入って多少なりとも大人に近づいた今なら、教えてくれるだろうか。 数年ぶりに会うあの美貌の叔父さんは、教えてくれるだろうか。 パーティーには、こっそりと遅れて出席した。 場は堅苦しい雰囲気ではなく、和やかなものへと変っていて安心した。 目指すは、パーティーの主役ではなく数年ぶりに会う叔父さん。 目当ての人は、運の悪いことにマジックと話していた。 あれから何年も経つのに、キレイなままの美貌。 そして、マジックとは異なる淡い金の髪。 マジックと会うにはバツが悪くて出直そうとしたのに、目が合ってしまった。 どうして、とその目が語る。 誘ったのは自分のくせに、どうして、とその目が語る。 マジックの不自然さに気づいた叔父さんが、 訝しげに視線の先の俺を見つけ、信じられないモノを見るような目で俺を見た。 目を見開いたふたりに、吸い寄せられるように近づく。 近づいてはいけない、離れなければ、 そう思うのに、足はふらふらと前へ進んでしまった。 目の前には、ふたりの男。 淡い金を纏う美貌の叔父さん。 眩しいほどの金を纏う自分の父親。 あの時と、変らない構図。 呆然と俺を見る、叔父さん。 その隣で、滅多に見せないほどの苦しそうな表情で立ち竦むマジック。 なぁ、その意味はなんだ? 今なら、教えてもらえるかもしれない。 けれど、返ってくるだろう答えは、 きっと自分を苦しめるモノでしかないと解ってしまった。 それでも、俺は訊くべきなのだろうか。 「…久しぶり」 心臓が馬鹿みたいに早鐘を鳴らすのを無視して、 平静を装いながら出た声は僅かに震えてしまった。 まだ目を見開いたままの叔父さん。 元気だった?俺が解る? そう続けようとしたのに、震える声で叔父さんが何かを言った。 「…ャン…」 何を言われたのか解らなくて、マジックを伺えば、 目を逸らしたまた下を睨んでいた。 初めて、逸らされた視線。 その原因は俺なのか、それとも叔父さんが洩らした言葉なのか俺には解らない。 「サービス叔父さん。 俺だよ、シンタローだよ。覚えてる?」 名を告げれば、見開いたままの目を更に見開いて一瞬だけ酷く哀しい顔をされた。 それからまるで自分を納得させるかのように瞬きをして、何処か諦めたような笑みを浮かべる。 「あぁ、大きくなったね」 そんななんてことない一言に、思い切り拒絶された気がするのは何故なのか。 「…うん。 叔父さんは、変らないね」 「そうかな。 シンタローは、士官学校に入ったのか?」 じっと俺の制服姿を見つめる。 懐かしいモノを見るような目なのは、昔を思い出しているからなのか。 「うん、今年入ったよ。 制服なんて似合わないから嫌なんだよな」 「似合ってるよ」 そう言って、叔父さんは少し笑った。 俺を通して他の誰かに笑いかけているような、そんな感じで。 反応そのものは違うけれど、それに似たものをマジックがしたことを思い出した。 初めて士官学校の制服を着た時、 似合っていると言いながら、何処か諦めたような笑みで笑う目は俺を見ていなかった。 何かが、おかしい。 以前会ったガキの頃のように、親しみが感じられない。 俺をちゃんと見ていない。 誰かを、俺じゃない誰かを見ている感じが拭えない。 それに、マジックもおかしい。 これだけ叔父さんと話しているのに、昔みたいに止めようとしない。 我侭を言わない。 無理にでも自分を見ろと駄々をこねない。 顔は逸らされたまま。 下を睨んでいた目だけが、痛みに耐えるかのようにかたく閉じられている。 何してんだよ。 お前が、今日の主役だろ? そんな顔してんじゃねぇよ。 「…なんて、顔してんだよ」 あれほど何年も会いたかった叔父さんよりも、 昨日も今日もいつも会っているマジックのほうが気になる。 「やっぱり、お前はサービスを選ぶのか?」 顔を上げたマジックが、酷く小さな声で訊いた。 初めて見る辛そうな顔で、 俺に対して初めて使う口調で。 「…何言ってるんだよ」 本当に解らなくて、救いを求めるように叔父さんを見れば、 先ほどマジックがしていたように、下を見ている。 長い髪で表情は見えないけれど、きっと辛そうな顔をしているんだろう。 ふたりして、何なんだよ。 俺は、解らないんだよ。 ふたりで、俺を通して俺じゃない誰かを見て辛そうな顔をして、 俺が何かをしたワケじゃないのに、 絶対に違うと言い切れそうなのに、言い切れないと頭の何処かで解ってしまって。 途方に暮れて、頼れる状況でもないのに頼るようにマジックを見上げた。 背は伸びたのに、どんなに伸びても抜けることはない、 と悔しいことに思ってしまうのに今はどこか頼りない。 「…何なんだよ」 もう一度呟いて、下を見た。 マジックが見ていた下、 叔父さんが見ている下、 豪華な毛足の長い赤い絨毯が見えるだけ。 答えなんて、こんな所にない。 「お前は、サービスを選ぶんだね」 答えない俺に、マジックが呟いた。 諦めたように、拒絶するように。 そんな声に驚いて顔を上げて見た表情を、何と言えばいいのだろう。 声同様に諦めたような、拒絶するような、それでいて哀しそうな。 でも、目は俺を見ていた。 俺を通してみる誰かじゃなく、確実に俺を見ていた。 ドクン、と音を立てて心臓が鳴った。 痛みを伝える心臓。 そして、思い出されるトットリの言葉。 ――初恋は、誰だっちゃ? 初恋は、目の前の男だ。 淡い金を纏う美貌の叔父さんではなく、 この目の前に立つ眩しいほどの金を纏う男。 寂しそうな目をした、男。 苦しそうな目をした、男。 あの時、目を奪われたのは見たこともない美貌の叔父さんより、 見たことのない捨てられた犬のような目をした自分の父親。 有り得なくて、 有り得てはいけなくて、 目を逸らした事実。 そんなことまで、思い出した。 思い出して、しまった。 「俺は、アンタを選ぶよ」 気負うでもなく、考えるよりも先に言葉が出ていた。 目を見開くマジック。 その目に映るのは、俺なのか他の誰かなのかは解らない。 解りたくないけれど、なんとなく気づいてしまったこと。 きっと、マジックの、叔父さんの、想い人は俺に似ていたんだろう。 そしてそいつは叔父さんを選んだ。 マジックを、選ばなかった。 自分のこの顔に執着をみせるマジックの理由。 本当は気づいていた。 気づいていて、知らないふりをしていた。 「最高のプレゼントだろ?」 痛む心臓は、 昔の苦い恋に落ちた理由を思い出したからなのか、 再度落ちた不毛な恋のせいなのか。 解らないままに痛み続ける心臓を無視して、ただ笑った。
05.11.20〜12.11 ← Back