パプワもチャッピーも遠のき小さく消えた。 島さえも小さく消えた。 窓の外は、青い海ばかり。 When is it? 「シンタロー、そんな顔するな。 いつかまた来れるさ」 いつか、なんて日は来ないんだよ。 と、反発したい気になったが止めた。 けど、その言葉で昔のことを思い出した。 「…叔父さんは、いつもそうだったな」 浮かぶ自嘲に気づいてか、叔父さんが眉間に皺を寄せるのが窓越しに見えた。 「シンタロー?」 「何でもない」 ただ、思い出しただけだから。 また今度だとか、またいつかと言って、 別れをぐずる俺に叔父さんはよく言っていた。 けれどそのどれもに、今度もなければいつかもなかった。 それでも馬鹿みたいに、叔父さんがまた来るのを指折りに待っていた。 思えば、ちゃんと約束をくれるのはマジックだけだった。 今度の日曜日だとか、誕生日にだとか、 明確な約束をしたときは勿論、 春になったらとか曖昧な約束でも、俺が忘れていてもマジックはしっかり覚えていた。 その約束が守れないと解れば即座に、次の約束をしてくれた。 そして、その約束は必ず果たされた。 今思えば、かなり無理をしていたんだと解る。 誰よりも忙しい地位についていながら、 何だかんだと子どもとの時間を作り、守ることは難しかっただろう。 数年後、どんなに自分の父親が非道な人間だと解っても、 認めたくはないが、変らぬ尊敬だとか愛情だとかいったモノを抱き続けていたのは、 そんなマジックの優しさや誠実さを知っていたからだ。 そんなこと知らなければ、何にも捕らわれることなく憎むことができたのに。 「シンタロー?」 黙ったままの俺を不信に思ってか、叔父さんが声をかける。 キレイな声。 けれどその声は、一度として明確な約束を伝えてはくれなかった。 「叔父さん、いつか、っていつ?」 訊く気などなかったはずなのに、気づけば訊いていた。 叔父さんは、僅かに眉間に皺を寄せる。 答えてはくれないと思った。 一度として約束を守ってくれたことがないから、という思いもあったが、 それ以上に、誰もその答えを知らないのだろう。 曖昧にしたいから、いつか、と言う。 その言葉で、逃げる。 逃げた当人はそれでいいが、 どうして言われた奴の気持ちを考えてはくれないのだろう。 期待をした結果裏切られることが、どれほど残酷なことか知らないからだろうか。 「…シンタロー」 叔父さんは、ただ俺の名を痛々しい声で呼んだだけだった。 続く言葉は出ては来ず、俺もそれ以上痛々しい声など聞きたくなくて再び視線を海に戻す。 一度馬鹿みたいに泣いて、それですっきりとしたかと思えたが、 パプワの言葉がどうしても頭から離れてはくれず、気持ちが引きずられる。 それに今から会うであろうマジックのことを考えると、更に憂鬱になる。 唯一、いつか、という言葉を使わなかったマジック。 いつも、いつか、を明確にし、その約束を果たしてきてくれたマジック。 けれどその唯一の人間は、心底願ったことだけは叶えてはくれなかった。 何度願い頼んでも、コタローの幽閉を解いてはくれなかった。 いつか出してやる、なんて、その場限りの期待を持たせることすらしなかった。 ただ、出せない、と言った。 あれだけ、いつか、という日を明言してきてくれただけに、 コタローの幽閉が解かれる日はないと悟った。 それだけの事情があったのだろう、とは本当はどこかで解っていたし、 叔父さんから聞かされて、ああやっぱり、と思った。 けれど解ることと、納得することは違う。 何も、聞いてない。 俺は、何もマジックから聞いていない。 あぁ、ただ俺は聞きたかっただけなんだ。 ガキの頃みたいに、理由が欲しかっただけなんだ。 そして、新たに明確にされた約束が欲しかったんだ。 この日はダメになったから、絶対に次の日曜に行こうね、と、 本当に申し訳なさそうに、小さな俺に言ってくるマジックの顔が浮かんだ。 なんか、もう解らなくなった。 コタローを解放してもらいたい。 その思いは、今も変らない。 でもそれ以上に、俺はガキみたいにマジックの言葉を欲していることに気づいた。 それがどんなものであるにしろ、俺はちゃんと理由が聞きたかったんだ。 俺に向かう、真っ直ぐな嘘偽りのない言葉が欲しかった。 例え、それでどれだけ自分が傷つこうとしても。 俺は、欲しかったんだ。
05.04.25〜12.12.04 ← Back