「何言ってるの?
 パパは、いつでも我慢してるよ」

至極当然のように答えられたその言葉に、思わず手が止まった。





What is said?





「テメー、いい加減に出ていきやがれ」

人が折角、
溜まりに溜まったデスクワークを片付けようとしてるのに、どうしてコイツは邪魔をする?

目の前に居座り、人の机に腕を乗た上に顔を乗せ、
デカい図体で重厚な机を物ともせずゆさゆさと揺すってくる。

いい加減にしてくれ。

「えー。
 シンちゃんが折角帰ってきたのに、パパと遊んでくれないんだもん。
 パパ、寂しいんだよ」

いい歳した大人が、だもん、とか言うな。
気色悪い。

無視したら、これでもかと言うほど机を揺さぶられる。
積み上げられていた書類が、バサバサと音を立てて落ちた。





「っ何なんだよ、テメーは。
 少しは我慢ってものができねーのかよ」

ぶち切れて、近くにあったペーパースタンドを投げつけたら、易々と受け止められる。
そしてマジックは、酷く不思議そうに不可解な言葉を吐き出した。

「何言ってるの?
 パパは、いつでも我慢してるよ?」

これが笑って言ったのなら、
その辺にあるモノ全部投げつけて、書類を押し付けてやるつもりだった。

それなのに不思議そうに、
それでいて至極当然のように言いやがった。



「…何言ってんだよ?」

お前こそ、何言ってんだよ?
我慢してるっていうのか、これで?

ガキの頃から場所も時間も構わず、手も口も出してきて、
今も仕事中だというのに、邪魔をしている。

それなのに、我慢しているだなんてどの口が言うんだ?





「パパは、いつでも我慢してるよ」

柔らかな、それでいて苦笑とも見れる笑みで告げられる。
その表情に何も言えなくて、黙って続きを待つ。

「パパはいつでもお前といたいんだよ。
 この意味解る?
 お前を閉じ込めて、誰の目にも触れさせず傍にいたいってことだよ」

何なんだよ、それは。
穏やかな表情で、声で、言う言葉か?

そう思うのに、それは心の何処かでずっと疑問に思っていたこと。


一族以外に容赦のないマジック。
一族の者でさえ気に入らなければ、容赦はしなかった。
権力が、力が、それをさせた。

それなのに、唯一マジックが自分の意見より優先したのは俺。
でも、それが不思議でならなかった。



何も言えないまま、続きが聞きたくないのにそれを待ってしまう。
きっと、情けない顔をしているのだろう。
マジックが小さく笑って、手を伸ばし頬を撫ぜた。


「でもそれをすれば、シンタローはシンタローじゃなくなるからね。
 だから、やらないんだよ。
 怒って泣いて笑って、そのすべてがあってこそシンタローだから」

だから、そんなことはしないのだ、とマジックが笑った。

「ね、パパは我慢してるでしょ?」

褒めてと言わんばかりにマジックが訊いてくるそれに、
呆然としながら、あぁ、と答えていた。



マジックを怖い、と思う時がある。

それはふいにやってきて、
そして胸に深い傷跡をつけ、何事もなかったように消えていく。

けれど、傷跡は消えることはない。
消えることはねぇんだよ。
 





05.07.21〜9.25 Back