雨が降る。
すべてを洗い流すかのように。

けれど、きっとこの想いは消え去ることはないのだろう。







Rain of farewell.







「シンちゃん、風邪ひくよ」

心配そうに声をかけてくるマジックも、ずぶ濡れだ。

「帰ろう」

差し伸ばされる手。
その手から視線を上げれば、声同様に心配そうなマジックが。



「…なぁ、アンタ俺のこと好き?」

突然の問いに、マジックが僅かに驚く。
が、それも一瞬で苦笑に変わる。

「普段から好きだとも愛してるとも言ってるのに、シンちゃんは信じてくれないね」

「俺も、アンタが好きだ…って言ったら?」

視線を逸らすことなく告げる。





「…シンタロー?」

マジックが戸惑いながら、名を呼ぶ。

「別に、変なことじゃないだろ?
 子どもが親に愛情感じるなんて」

さらりと言ってのければ、納得しかねる声で頷かれる。

「…そうだね。
 でも、私の想いはそういったモノじゃないよ」

「そうか?
 似たようなモノだと思うけどな」

マジックが、解らない、と目で問うてくる。
その視線を受け止めながら、答える。






「アンタ、俺によく似たジャンってヤツのことが好きだったんだろ?」
 
その言葉に、マジックが僅かに目を見開いた。
けれど、反論しない。
事実だから、反論のしようがないだけかもしれないが。

「だからアンタがどれだけ俺を好きだと言っても、俺は信じない。
 その想いが、俺に向かって言われているとは思えないからな」

「…過去は、どう足掻いても変えられないよ。
 変えられるとしたら未来だけなのに、お前はそれさえも拒むの?」

「過去はどう足掻いても変えられない――だからだ」

マジックは、何も言わずに俺を見つめた。
その目を真っ直ぐ逸らすことなく見つめた。




「すべてを、欲してしまう。
 過去さえも。
 …でも、そんなの無理だろ?
 手に入らないなら、いらない。
 だからアンタを想う気持ちも、ずっと親への愛情止まりだ」

「そんなことを言っている時点で、それ以上の愛情だと思わない?」

言われるまでもなく、そんなことは解っている。
けれど、言わなきゃマジックは気づかない。
だから言うんだよ。

「だから、だよ。
 アンタを親以上に思わないと言ったからには、思わないんだよ。
 思っていたとしても、それ以上は望んでない」

「…牽制?」

「そうだ」

「そこに私の気持ちはないの?
 お前中心で、私の気持ちは無視するのかい?」

「俺が好きなんだろ?
 だったら、俺のために諦めろ。
 それが互いにとって、一番いいことなんだよ」

マジックは溜息を吐いて、ゆっくりと瞬きをした。
開けられた目は、何処までも穏やかなものだった。



「お前は、怖いの?」

「…っ何を」

「怖いんだね」

逸らすことなく穏やかな目で声で問いながら、はぐらかすことは許さないと告げてくる。
それに、押された。

マジックの言っていることは、自分でも解っていることだったから。
諦めるように、一度ゆっくりと目を閉じた。

「…あぁ。
 だから、アンタも諦めろ」

「どうして?
 怖いのは、ひとりだからだよ。
 ふたりなら怖くないよ。
 お前が暗闇を怖がっていた小さい時、
 手を繋いでやればお前は安心して笑ったじゃない」

「もうガキじゃねぇよ」

「…お前は」

言いかけて、マジックが言葉を噤む。
言葉にならなかった声が、聴こえた気がした。

だから、笑った。





「お前はいつまでも私の息子だ、って今言いたかったんだろ?
 そうだよ。
 俺は、いつまでもアンタの息子だ。
 それでいいんだよ。
 …だから、さっき言ったことは忘れろ」

目を見て言い切って、背を向けた。
もう話すことは、何もない。

「…忘れろって言うなら、どうして話したの?
 私はお前の本当の気持ちを知ったのに、お前が拒むのは残酷だよ」

その言葉に、足を止めた。
けれど、振り返らなかった。



そんなことは、解っている。
でも、仕方ないだろ?

手に入らないなら、いらない。

そう思う気持ちは、確かにある。
けれどそれ以上に、アンタが俺以外の奴のことを想うのは嫌なんだ。




「諦めろ」

それだけ言った。
自分で言って、何を諦めろ、と言ったのか解らなかった。

ただ、俺自身を諦めろ、とは、
マジックは取らないだろうと知っていた。

それを解っている上で、
こんな俺だと解っても思い続けろ、と言いたかったのかもしれない。




雨が降る。
すべてを洗い流すように。

けれど、この雨は何も洗い流してはくれない。
このどうにもならない想いを、消し去ってはくれない。

それどころか枷のように、俺にもマジックにも降り注いで止まない。






04.11.17〜05.01.20 Back