書類を届けに総帥室の扉を開けた瞬間。 響き渡る怒声。 I hate you. 「お前なんか、大っ嫌いだー! このアーパー親父、さっさと出て行け!」 慣れきってしまったこの光景。 部屋は書類が散乱しており、執務机を挟んで対峙する親子。 シンタロー様は、何を言われたのか顔を真っ赤にして怒りを露にし、 マジック様は、そんな姿さえ愛おしそうに笑ってらっしゃる。 「…シンタロー様、頼まれていた書類をお持ちしました」 静かに淡々と告げれば、ふたりの視線が集中する。 しまった、という顔のシンタロー様。 けれど、私の存在に気づいていたマジック様は苦笑する。 「シンちゃん。 お仕事の邪魔みたいだから、パパ帰るね」 告げながら、シンタロー様の頬にキスをする。 ますます顔を真っ赤にしながらも、抗議はするシンタロー様。 「さっきから、仕事してたんだよ!クソ親父!!」 その言葉を背に受けながら、マジック様は楽しそうに笑う。 そしてすれ違う瞬間、私を見て笑った。 ――馬鹿にしたような、笑みで。 そんな笑みを受けながらも、私は深々と礼をする。 頭を上げればもうそこにマジック様はおらず、 残されたのは視線を逸らしばつの悪そうなシンタロー様と無表情なままの私。 書類を渡すために歩を進めれば、小さく呟く声が聴こえた。 「…クソ親父。……大っ嫌いだ」 「………に?」 知らず漏れでた声に、シンタローさまが振り返る。 見開かれた黒い目。 聞かれたのだろうか。 けれどそんな心配も表情に出さず、書類を渡す。 目を見開いたままのシンタロー様。 そんなシンタロー様を、怪訝そうなふりで見つめる私。 「何か?」 「…いや、何でもない。…書類…ありがとな」 何処か呆然と私を見つめるシンタロー様に一礼をして、背を向ける。 何か言いたげな戸惑ったような視線を背に感じる。 けれど、一切を気づかないふりで部屋を出た。 パタンと小さく音を立て、扉が閉まる。 その音を聞き、目を閉じ扉に背を預けた。 口元に小さな笑みが浮かぶ。 歪んだ自嘲の笑み。 『本当に?』 漏れ出た言葉は、それ。 本当に、大嫌い、なのですか? あんなに、あなたは愛されているのに。 嫌いな人間など、あなたは相手をしないのに? それでも、大嫌い、と言うのですか? それならば、私が貰ってもいいですか? けれど、どんなに望んだところで、あの方は私など見ない。 この気持ちを知った上で、笑って相手にしない。 あの方が望むのは、あなただけ。 けれど、あなたは拒む。 本当は、あなたも望んでいるくせに…。 シンタロー様。 だから私は、あなたが大嫌いですよ。
04.11.17 ← Back