助けて。
たったその一言で、すべてが変わるのに。





Tight hug , stop your blood   (the view of 'S')





身体を繋げることに、どんな意味があると言うのだろう。

未だ成長途中の身体には、快楽よりも苦痛が勝る。
けれどそれでも快楽を感じることも事実で、押し殺してはいたものの声が漏れ出た。

唇を噛み締める。
押し殺した声さえも、漏れ出ぬように。

恥ずかしいからでない。
何に対してかはうまく働かぬ頭では答えが出ないけれど、ただ悔しいと思うからだ。


それが気に入らなかったのか、いきなり動きを止められた。
突然のことに頭が働かないまま振り返れば、目が合う。

眼帯で片目を隠して俺を見下ろすカカシと、
首を回して片目だけでカカシを見上げる俺と。



苦しそうな表情と、何かを言いたそうな目。
けれど、無言。



時折、カカシが見せる目。
苦しそうな表情の中、言いたいことがある、と目が言っている。
けれどカカシは、一度も胸の内に思っているそれを口にした試しはない。

そして、今も言わない。

目を逸らし口元を歪めた後、腰を掴まれ反転させられる。





苦しかった。
繋がった身体だけではなく、胸が。

何か俺に言いたいことがあると目で告げてくるくせに、
カカシはいつもそれが何かを告げてくることなく、諦めるように逃げるように視線を逸らす。

何を言いたい?

そう訊ければいい。
けれど、そんな言葉は持ち合わせていない。

ガキでしかない俺に何が訊ける?
訊いたところで、ガキに言うことなどない、と言われたら?

そんなことを言われたら、
苦しそうな顔をして、言いたいことがあると目が言っているくせに、などと返す余裕はない。

ただ口を噤み、カカシを見ることしかできないだろう。


けれど、知っている。
カカシは、俺のこの目が嫌いということを。
いや、嫌いというよりも、恐れていると言ったほうがいいのかもしれない。

いつも、視線が合うたびに逸らされる。
逸らされるまでの数瞬、変わらずあの苦しそうな表情とあの目で俺を見ながら。


俺に、何ができる?
訊くことも、見ることすらもできない。

目を閉じ唇を噛み締めれば、カカシの声が降ってきた。






「変な顔」

アンタのせいだ、と言えるはずもなく、
知るかよ、と答えれば、無表情のままに感情の篭らぬ声で告げられる。

「もっと可愛い顔してよ、萎えるじゃない」

苦しそうな顔のカカシを見ながら、可愛い顔をしろと?
本気で言ってるのか?

アンタ、自分がどんな顔してるのか解ってないんだな。

「ならさっさと抜け」

それだけ言って顔を逸らし目を閉じ、唇を噛み締めた。




声も、想いも、すべてが内に留まる。
出口などない身体を駆け巡る。

そんな中、噛み締めた唇から流れ出た血だけが、俺の内と外を繋げた。

唇から頬を伝わる感触。
そして、口内へと僅かに流れ込み広がる錆びた鉄の味。


再び、動きが再開させられる。
無理やり身体を押し広げられ、わざとらしく音を立てられ。

けれど、そんなことはどうでもよかった。
ただ、胸が苦しい。

閉じた目に浮かぶカカシのあの苦しそうな表情と目が、胸を締め付ける。








「....苦しくない?」

カカシが、掠れた声で訊いてきた。

「く、苦しい、に、、決まっ、て、んだろ」

途切れ途切れに答えたけれど、カカシはそれに対しての返答をしなかった。

だから、カカシは知らない。
苦しいのは身体ではなく、この胸の内だということを。

知られたところで自分からは何もできないのだから知られなくていいし、知ってほしくもない。


「....寒くない?」

続けてカカシが訊いてきたから、また途切れながら答えた。
剥き出しの肩が、寒い。
肌が触れ合う行為を息が上がるほどにしているくせに、何もかもが寒い。

「寒、い」

目を開け告げれば、カカシは一瞬だけ動きを止めた。
再び――目が、合う。

変わらず苦しそうな表情で、俺を見下ろしている。
腰を掴んでいた手に、僅かに力が込められる。

それはほんの一瞬だったけれど、目が合ったと言うには短すぎる瞬間だったけれど、
その瞬間に解った気がした。

声を出すことを悔しい、と思っていた理由が。
そして、カカシの胸の内が。

だから、目を閉じた。
カカシが逸らすよりも早く。



再度、再開する動き。
けれど、思考は彼方遠く。




俺だけが自分の外へと発するのが嫌だったんだ。
それが想いであれ、声であれ。

カカシが、胸の内を明かさないから。

単なるガキの意地なのかもしれない。
けれど、それでも俺にとっては重要なことだった。

苦しい表情で、カカシが何を思っているか解らなかった。
訊くこともできぬほどに、怖かった。



たった一言、苦しい、と、
助けて、と言ってくれたなら、俺は手を差し出したのに。
こんな小さな手では助けることなどできないかもしれないけれど、
それでも両手を広げて手を差し出したのに。

あんな苦しい表情をするくらいなら、
目で訴えてくるくらいなら、たった一言言えばいい。

けれど、カカシはその一言を言わない。
――気づいて、ないからだ。




自分がどんな顔をしているかとも、どんな目をしているかとも全然気づいていない。
それが、どれだけ俺を苦しめているかにも気づいていない。

俺のことも自身のことさえ見えていないカカシは、口元を歪めて笑って諦める。
切り捨てるように笑って、諦める。


悔しい。


俺がこんなに馬鹿みたいに考えたところで、きっとカカシには届かない。
俺がどんなに目で言ったとしても、きっとカカシはそれを正しく理解しない。

それが解っているなら、俺が口にすればいい。
言いたいことを、口にすればいい。

けれど、言いたいことなど思い浮かばない。
浮かぶ寸前に、消え果てる。

あの表情も目も、俺に対してのモノではなかったら?

どうしても拭えないその考えが、行動を起こすことを阻む。

こんなガキ相手を、本気で想うことなどあるのだろうか。
不安は生まれるばかりで、消えることはない。



塞き止められた想いは体中を駆け巡り、消えることなく体内に留まる。
それは澱となって沈殿し、果ては一体何になると言うのか。

澱んだ身体に、徐々に汚染されていくであろう意識。

それを止めることができるのは、カカシのたった一言。
けれどカカシは、絶対にその言葉を言わないだろう。
自分で気づいていないのだから。




たった一言、言ってくれればきっと変わるのに。
俺自身にちゃんと向かって言ってくれれば、安心できるのに。
――このちっぽけな手を、差し伸ばせるのに。






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