昔、アンタが言ったことを思い出した。
そして、それを笑った自分のことを思い出した。






永久凍土
寒さというのはある程度までいくと痛さになる、そのことを初めて知った。 何処を見ても、白、白、白。 目をろくに開けていられないほど、吹雪いている。 一年中、大地を覆い尽くすこの氷は溶けることがないという。 そんな処に、アンタを探しに来た。 ひとりで、来た。 5年前、カカシが単独任務中に、連絡が取れなくなった。 里から調査隊を放ったところ、どうやら任務に失敗したということが解った。 それから、調査隊が必死の努力で5年間かかって、アンタの死体がある場所を探し出し、 調査隊に変わり、二日前に処理班が派遣されることが決まった。 その中に、俺も名乗り出た。 …にも拘らず、待ちきれずにひとりアンタを探しに来た。 里では大変なことになってるんだろうな。 でも、もう関係ない。 たぶん、帰ることはないだろうから―― ザクザクと雪を掻き分けて、山を登る。 アンタの死体がある場所は、調査隊から訊いている。 もうすぐ、アンタに会いに行く。 「サスケって、まだ子どもなんだよね」 後ろから抱きしめられた時に、そう言われた。 『子ども』という言葉にムカついたものの、 その声がどうにも感慨深げに言うものだから毒気が抜かれた。 それにカカシの腕の中にすっぽりと埋まってしまうほど、 小さな身体であることは本当なのだから、反論のしようがない。 だから、悪態だけついた。 「悪かったな。ガキで。  でも、アンタなんか、オッサンじゃないか」 振り向きながらそう言ったら、困った顔がそこにあった。 「うん、そうなんだよね。  俺って、お前から見たらオジサンなんだよな…」 溜息をつきながら、カカシは俺の肩に顔を埋めた。 だから、カカシの表情なんて見えなかった。 その後すぐに言ったアンタの言葉も、どんな表情で言ったのか俺は知らない。 「どうして、こんなに離れちゃってるんだろうね。  もう少し俺が遅く生れてたら、サスケとお似合いだったのにね」 「…」 「時間が、思い通りにできたらいいのにね。  そしたら、ふたりの差を縮められたのに…」 なぁ、アンタそう言った時、どんな顔してたんだ? 俺はあの時、本当にガキだったから、よく解らなかったんだ。 アンタの気持ちが。 だから歳が近かろうが、男同士なんだからお似合いもなにもない、なんて言って笑った。 アンタも笑った。 肩にかかる息が、くすぐったかった。 それから、度々カカシは同じことを言った。 もっと、歳が近かったらよかったのにね、と。 それにどんな意味があったのか知らない。 今も解らないし、これからも解らない。 いつの間にか吹雪はおさまり、視界が開けていた。 今にも落ちてきそうな灰色の雲と、雪の白と、雪を纏った大きなモミの木。 それが、目印。 そこから西にむかって数歩進み、そこから南にまた数歩進む。 そこに、カカシはいる。 背負っていたシャベルを取り出し、雪を掻き分ける。 無心に掘り起こす。 カツン、と小さく響く音、それから伝わる手の痺れ。 スコップを放り出し、跪き手で雪を掻き分ける。 雪を払いのければ凍った湖の水面があり、そこに…アンタがいた。 里を後にしたあの5年前と変わらぬ姿で、アンタがそこに横たわっていた。 眠っているように。 「…カカシ」 答えてはくれないと解ってはいても、それでも名前を呼んだ。 「カカシ、カカシ…」 ポタリ、と落ちた涙はすぐに氷へと変化した。 溢れ出しそうになる涙を必死に拭う。 泣いたらマツゲが凍って、カカシが見えなくなる。 そう思うのだけれど、涙はすぐには止まってはくれない。 「カカシ…」 凍った水面越しにキスをする。 冷たさしか感じない。 あの温もりが感じられない。 なぁ、俺、十八歳になったよ。 5年前みたいに、小さな身体なんかじゃない。 アンタとの年齢差も14歳から、9歳に減った。 5年前からアンタの時は止まっている。 でも、俺はその分だけ進んだ。 ちょうどいいと思わねぇ? アンタが気にしていた差が、縮まったんだ。 なぁ、これならアンタ喜ぶよな。 アンタの傍に行ってもいいよな。 もう少し俺が待って成長したら、 アンタとの差ももっと縮まるんだけどそこまで時間は許してはくれない。 3日後には、死体回収班が派遣される。 アンタが手の届かないところに行ってしまう。 たった5年分の差しか埋めることはできなかったけど、 それでも以前よりアンタとの差は縮まってるからもういいよな。 「カカシ、おやすみ。  会いに行くよ…」 アンタは自分の死をもってして、時間を望むように止めた。 おかげで、俺とアンタの差は5年間縮んだ。 その5年間をどう思えばいい? 心が疲弊して死にそうに生ききたこの5年間。 どこかで間違った選択をしていると解っている。 けれどそれでも、アンタの傍に行きたかった。 死体処理班が来るとか、そんなのも言い訳にすぎない。 もう、これ以上アンタがいないのなんて、耐えられない。 もっと待って、アンタとの差をもっと縮めたほうが、アンタは喜ぶのかもしれない。 でも、もう待てなかった。 無理だった。 自分の精神が壊れていることなど、とっくに知っている。 でもそれを周囲に悟らせなかったのは、アンタの情報を得るには忍を続けていないと不利だったから。 不安定ながらもバランスをとっていた精神は、アンタの情報を得た瞬間崩れ去った。 ただ、アンタに会いたかった。 アンタの傍に行きたかった。
2003.09.30〜10.24 11.15 微妙修正
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