俺、アンタのこと嫌いだったよ。
ワケも解らず、殴るし、蹴るし、犯すし。
力の差を見せ付けるようにいたぶるその態度が、心底憎かった。

でも、何でだろうな。
何で、俺、アンタに手なんか伸ばしてるんだろう。
何で、俺、泣いているんだろう。






不可解行動
炎の中で、男がひとり悠然と立っている。 口の端を上げて、笑っている。 「カカシ…」 名を呼ぶ。 カカシが軽く目を見開き、そして、笑う。 皮肉に笑うのではなく、それは苦笑だった。 それから一度ゆっくり目を閉じ、自嘲気味に笑った。 「早く、行け。  お前も、炎に巻き込まれる」 「何で…?」 「いいから、早く行け」 カカシは、ただ苦笑を洩らすだけ。 何で、俺なんか庇ったりしたんだ。 アンタ、俺のこと嫌いだったんだろ。 見捨てればよかったんだ。 何助けてんだよ。 「カカシ!」 俺たちの間には、炎の壁。 それは衰えることなく、なおも勢いづく。 「カカシ!」 そんなこと気にせず、カカシに近づく。 炎が邪魔する。 もう、これ以上進めない。 「…カカシ」 「サスケ」 呼び声は、初めて聞く穏やかな声。 カカシの表情は、炎でよく見えない。 でも、どうしてか笑ってるように思えたんだ。 笑ってるように、思えたんだ。 「サスケ。  俺がいなくなったほうが、お前のためなんだよ。  お前だって、俺が死んだら嬉しいだろ?  だから、さっさと行け」 時折爆ぜる炎の音で、途切れ途切れに聞こえたカカシの声は、それでもやはり穏やかだった。 アンタの言うように、アンタなんて死ねばいいと思ってた。 だって、それだけのことされてきたしな。 でも、どうして俺は、アンタを見捨てられないのだろう。 助けられないと解っているのに、炎へと、アンタへと近づいて行っているのだろう。 ダンっ! クナイが足元に突き刺さる。 「サスケ、行けって」 その声は、もう穏やかなものじゃなかった。 哀しいような、怒っているような、そんな声。 頭では、さっさと踵を返して逃げなければならないって解ってる。 けれど、足が勝手にカカシのもとへと向かってしまう。 シュっ! 音とともに右頬に痛みを感じる。 クナイが僅かに頬を掠っていった。 「サスケ、行けって…」 炎でアンタの顔なんてよく見えない。 でも、たぶん、見たことのないような顔をしてるんだろうな。 そんなことをぼんやり思いながら、足を進める。 シュっ! 今度は左頬をクナイが掠る。 それでも、気にせずアンタのもとへと向かう。 「サスケ!」 焦った声が聞こえた。 アンタのそんな声初めて聞いた。 何焦ってんだよ。 「カカシ…」 カカシは答えない。 それでも、名を呼ぶ。 「カカシ…」 何で、俺アンタのもとへ歩いてんだろう。 何で、やらなくてはならないこと全てを放棄して、アンタのもとへ行ってるんだろう。 何で、死ぬと解ってて行ってるんだろう。 視界が滲む。 何で、俺、泣いてんだろ。 「カカシ…」 炎の中に、手を伸ばす。 「カカシ」 服に、炎が移った。 それなのに、何故か熱は感じなかった。 ただ、炎の向こうに伸ばした手が取られるかどうか、それだけに意識が向かった。 「カカシ…」 「お前、馬鹿だよ」 そう言って、カカシに向かって伸ばした手を引き寄せられる。 炎の壁を突き抜けて、カカシの胸へと引き寄せられた。 抱きしめられるのは初めてで、奇妙な感じがした。 それよりも、アンタの顔が見たかった。 けれど、カカシは馬鹿みたいに強く俺を抱きしめるから、 顔を上げることができなくて、ただ初めてアンタに抱きしめられているということに意識が向かった。 そして、最期にカカシが言った言葉を思い出す。 お前、馬鹿だよ、か…。 お互い様だろ? なんか、もう意識がなくなりそう。 俺がアンタをどう思っていたのか、アンタが俺をどう思っていたのか、 結局よく解らないままだけれど、なんか、もぅいい――
2003.08頃〜09.26 BGM:『ガーベラ』(By スピッツ)
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