足掻いて、足掻いて、倒れて、
それでも、また足掻いて、足掻いて…。
――馬鹿じゃないの?
溺れる魚
目の前に、サスケが血まみれで倒れている。
気を失っているというのに、手は強く握り締められたままで、それにムカついた。
馬鹿みたいに足掻いて足掻いて修業して、
身体中ボロボロになって、気絶してぶっ倒れて、それでもお前は足掻こうとする。
馬鹿じゃないの?
ムカついて、サスケを軽く蹴ってみたが、動かない。
少しだけ力を込めて再び蹴ると、ぴくりと握り締められた手が動く。
それから、小さく呻き声が聴こえる。
手を見れば、先ほどより強く握り締められていてムカついた。
まだ完全に意識が戻っていないサスケの髪を掴んで、
焦点の合わない目を覗き込み、ぺちぺちと頬を叩き覚醒を促す。
数回瞬きを繰り返された後、ゆっくりと視界が交わった。
「馬鹿じゃないの?」
何を言われたのか解からないのか、不思議そうな視線を寄越す。
だから、もう一度言った。
「馬鹿じゃないの?」
意味を理解したのか、一気に絡む視線が強くなり、
今まで握り締めていた手を解き、髪を掴んでいた手を払われる。
それから、あちこち痛むのか顔をしかめながら立ち上がり、無言で去ろうとする。
その小さな背中に、もう一度言った。
「馬鹿じゃないの?」
サスケは答えず、無視して歩む足を止めない。
「足掻いたところで、兄貴に勝てると思ってるの?」
その言葉に反応して、サスケはきつい視線とともに振り返る。
視線の強さだけで人が殺せるのなら、恐らく自分は殺されている、そんな強い視線。
けれど、そんなもので人は死なない。
思いの強さだけで、どうにかなるほど甘くはない。
サスケは自分より格段に弱い。
それだけが、事実。
視線の強さなど怖くもなんともない。
だから、続ける。
「お前じゃ、イタチに勝てないよ」
一瞬の間にホルダーからクナイを取り出し、切りかかってくるサスケ。
中忍レベルなら致命傷を負うくらいには、速さと狙いはよかった。
けれど、その程度。
喉笛に突き刺さるはずだったクナイを避けもせず指だけで制す。
「俺を殺せないんだから、イタチに勝てるわけないよ。
ねぇ、サスケ。
それを馬鹿と言わずに何と言うの?」
クナイに力が加わる。
けれどそれは自分の指に制されたまま、まったく動かない。
「ねぇ、サスケ。
馬鹿じゃないの?」
知らず口元が笑みを作った。
いつもの作った笑顔ではなく、それは本当に無意識からでた笑みだった。
それを見てか、サスケの殺気が消える。
力なくクナイから手を離すと、あれほど強かった視線も下へと下がる。
それから何も言わず振り返って、じゃりじゃりと小さな音を立てて歩きだす。
いくら下忍だからといって、足音立てるなよ。
「馬鹿じゃないの」
ぴたりとサスケの足が止まる。
ゆっくりと振り返ったその目と視線が絡まる。
「馬鹿だよ」
力なく笑う目には、自嘲が見えた。
その目に、またムカついた。
再び歩き出すサスケ。
笑うなよ。
力なくなんて笑うな。
お前には似合わない。
不敵に人見下して笑ってこそ、お前だろ?
イタチには叶わないと解かっているくせに、足掻くな。
諦めろ。
いい加減認めろよ。
お前じゃ、強くなったところでイタチには勝てない。
諦めろ。
――だから、もう苦しむな。
あぁ、そうか。
だから、自分苛ついていたのだ。
見たくなんてなかったのだ。
傷つき倒れ、それでも馬鹿みたいに叶わないことを夢見て足掻くサスケを見たくなかった。
普通の子どものように、笑って泣いて欲しい。
それこそ夢みたいなことだと解かっているのに、それでもサスケにはそうして欲しい。
自分だけの生を生きるのではなく、
周りから押し付けられたものを背負って生きていかなければならない、そんなサスケなんて見たくなかった。
ただ、笑って欲しい。
歳相応に、もっと遊んで自分のことをもっと考えて欲しい。
お前、まだ子ども何だよ。
そんな顔で笑うなよ。
「サスケ」
呼び声に、サスケが振り返る。
「明日から任務終わったらここに来い」
不思議そうに見返すサスケ。
「お前ひとりで修業しても、効果はないよ。
だから、俺が見てやる」
眉間に皺が寄り、訝しげに見てくる。
「…何で?」
「さぁ? 気まぐれ」
サスケの眉間に一層皺が寄る。
けれど、そんなのは無視。
明日絶対に来いよ、それだけ告げてその場を後にする。
サスケは足掻くことを止めないだろう。
俺も気づいてしまった気持ちをなかったことにはできない。
だったら妥協案で、俺がお前に修業をつける。
そうしたら、お前の限りなく低い可能性の夢を少しでも高くすることができる。
そして、俺はお前を見ていられる。
その共有する時間に、お前は笑うかもしれない。
俺が望む笑い方をするかもしれない。
――馬鹿みたいに足掻いているのは、サスケだけでなく自分もだった。
2003.12.03〜12.09
12.28 修正。
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