鍵
気だるい情事の後、カカシが笑いながら訊いてきた。 「これ、欲しい?」 月明かりのもと、鈍く光るは銀色の鍵。 何処の、と訊かなくても解かる、それはカカシの家の鍵。 忍なのだから、別段鍵がなくても家に入り込むことはできる。 この家の持ち主も忍だけれど、賊に入られてもそれに打ち勝つ自信があるためか、 はたまた、機密事項を一切家においていないためか、特に部屋自体に仕掛けはない。 ただ、意味がないような玄関の鍵を、一応かけるだけ。 カカシが今持ち上げている鍵をかけるだけ。 意味がないことだと思う。 この鍵を受け取ったところで自分は呼ばれもしない限り、この家には来ない。 カカシがどういう意味であれ、望まない限り来ない。 ――いや、来れない。 それは自分とカカシとの想いの差。 この関係において、カカシが上位なのだ。 自分はそれに従うしか術がない。 惚れたほうが負けなのだ。 鍵を欲しいか、と訊くのもいつもの気まぐれだろう。 鍵なんて持っていてもいなくても、意味がないものをどうして欲しいかと今更訊くのか。 そう思うのに、手は自然とそれに伸ばされる。 けれど、それに触れることができない。 あと僅かの距離を縮めることができないまま、鍵を見つめる。 カカシは何も言わない。 口の端を上げて、自分を見ている。 どのくらいの時がたったのだろう。 伸ばしたままの手が痺れ、震え出す。 それなのに下ろすことも鍵を取ることもできず、手は伸ばされたまま。 そんな自分を見て、カカシが笑った。 お前、馬鹿だね、と小さく笑った。 そして伸びたままだった手に鍵を押し付けられる。 冷やりとした感触とともに、あれほど縮めることができなかった差が一気になくなる。 けれど、それでも鍵を握り締めることができなかった。 ただ手に触れる冷たい鍵と、笑うカカシを見比べる。 カカシは、また笑った。 「欲しくないの?」 「…」 答えることができぬまま、鍵とカカシを見比べる。 カカシはもう一度笑った。 「欲しくないなら――」 言いながら、鍵を押し付けていた手を退く。 いつの間に自分と温度を分け合っていたのか、手に触れていた温もりが消える。 手に取ることができなかったくせに、 離れたら…共有した熱が消えたと解かったら寂しいと思ってしまって、そうしたらもうダメで…離れていく手を掴んだ。 上からクッと笑い声が聴こえた。 見れば、カカシは意地の悪い笑みを浮かべている。 そして、もう一度問う。 「サスケ、欲しい?」 「欲しい」 言い切った。 先ほどまで躊躇していたというのに、言い切った。 「そう。なら、やるよ」 もしかしたら、何で?、と訊かれるかもしれないと思ったが、それはなかった。 訊かれたとしても答えは解からない。 ただ、寂しいと思った。 その対象が何なのかは知らないが、寂しいと思った。 再び手に触れた鍵は、最初と同じように冷たかった。 それを、手に握り締めた。 鍵が体温を吸収し始める。 その温もりに安堵した。 もしかしたら、自分とカカシとの関係もこうなのかもしれない。 最初は冷たい。 触れるだけなら、熱は伝わるのが遅い。 でも、手にしたら、受入れたら、掴み取ったら熱の伝導も早い。 カカシへの想いは一方的なもので、 カカシが俺に対して想いは気まぐれだと思っていたけれど、 鍵を受入れるように、思い込むだけで見ようとしなかったカカシの気持ちも受入れたら、 熱が、気持ちが伝わるのかもしれない。 自分を何とも思っていないカカシにも、 自分と同じ気持ちが伝道し、共有することができるのかもしれない。 そう思いながら、手にした鍵を握り締めた。 早く熱を共有できるようにと、強く握り締めた。 ――それを見て、カカシが楽しそうに笑う声が聴こえた。
2003.12.01〜12.05 ← Back