飲まなくなっていた酒を煽る。 けれどどんなに飲んだところで、肝心なところで酔いは回ってはくれない。 Where is the happiness to search for? カウンターに突っ伏したまま、早く酔いが回るようにと安酒の1升瓶抱えこんで、 ガキの頃、汚物でも見るような目で見ていた人間に成り果てていた。 ガタリと音をたて、隣に誰か座る。 それは知った気配で、まずい所を見られた、と思った。 でも思ったところで、 この店ははこいつともうひとりの奴の行きつけの店だと思い出した。 「…会いに行けばいいのよ」 可愛げの欠片もない芋焼酎を注文したあと、紅が俺を見ずに呟いた。 それはもう、何でもないことのように。 俺は何も言わない。 カウンターに突っ伏したまま、聴こえなかったふりをする。 「聞いてるんでしょ? 会いに行けばいいって言ってるのよ」 二度目の言葉に、僅かに苛立ちが見える。 それでも聴こえないふりをする。 「…何度も言わせないでよ。 会いに行けばって言ってるのよ」 苛立ちを隠そうとせず言い放ちながらも、俺を見ない。 「…何それ、俺に里を抜けろって言ってんの? 命令もなしに里抜けて、アイツと同じ立場になれって?」 呂律が回らないと思ったのに、酒やけした声以外はまともに話せた。 「自業自得でしょ。 追わなかったんだから」 一瞬、何を言われたか解らなかった。 「…は? お前、何言ってんの? 俺、追ったよ。 …でも、間に合わなかったんだよ」 辿りついた時にはすべてが遅く、止められなかったナルトしかいなかった。 なぁ、お前解る? 俺があの時どう思ったのか。 今思い出しても悔しくてやりきれなくて、 突っ伏したまま拳を強く握ったら、紅の視線が漸く向けられた。 「悔しいの?」 バカにした声の中、怒りを見せる。 「…当たり前だろ」 言ったところで、やるせなさと悔しさは増すばかり。 「そう? でもアンタが悔しがってるのって、追いつかなかったからじゃないでしょ? アンタは置いて行かれたことが悔しいのよ」 何を言ってる?、と思う前に、嫌な女だと思った。 それが、答えだった。 「何、その顔。 図星差されて悔しいワケ?」 馬鹿にしくさった笑みで笑う。 けれど、反論できないのはその通りだから。 いい歳して唇噛み締めて耐える。 こんなの俺じゃない。 これはサスケがよくする仕草で、おれの仕草じゃない。 …って何だ、それ。 俺はいつもあいつに悔しい思いばかりさせてたってこと? それこそ、訊くまでもない。 そんな思いばかりさせていた。 「やっぱ、殴ってたのがいけなかったのかな?」 気づいていただろうに、紅もアスマも何も言わなかった。 教育者の端くれが教え子殴ってるのに、 それを知っている教育者の端くれは止めなかった。 その心は? 「本気で思ってる?」 問う声からは、感情がうかがい知れない。 「いや」 「だったら、二度と口にしないで」 少しだけ怒気が孕まれた言葉。 あぁ、知ってたんだな。 だから、お前もアスマも何も言わなかったんだ。 一種の愛情表現。 歪んで歪みまくった愛情表現。 俺だって、あんなことしたくなかった。 けれど、それじゃダメなんだ。 あいつは解ってくれない。 俺の気持ちを理解してはくれない。 殴って執着を見せて、悔しそうな表情を見せながらも漸く安心する。 言葉じゃ理解してくれない。 抱きしめ温もりを与えても、理解してくれない。 幸せの対極にいるようで、それでも幸せだった。 傍にいることが辛くて仕方なかったのに、 いなくなったお前を思えば、あの頃はなんて幸せだったのか。 今、俺と離れてサスケは何を思うのだろう。 憎いよ。 お前をそうさせたすべてが。 でも同時に、そのすべてがなければサスケを知ろうとしなかったことを知っている。 あんな関係にならなかったとも知っている。 生きてきた辛いことすべての背景があって、互いに求めた。 その背景がなければ、互いに見向きもしない。 その方が、それこそ幸せだったのかよく解らない。 何処から考えればいいのか、よく解らない。 それでも。 出会わなかったほうがよかっただなんて、言いたくないんだ。 ぎゅっと拳を握って、込み上げてくる思いに耐える。 同じこの痛みを味わっても、 サスケも同じ思いを感じてくれればと思うのは、何処までも愚かなことなのだろうか。 サスケは逃げたのに。 俺を置いて、俺から逃げたのに。 「紅、胸が痛いよ」 知らず、涙が頬を伝う。 拭う余裕もなく、突っ伏したままにただ目を閉じた。 「…馬鹿ね」 紅はくしゃりと俺の髪を何故、カランと小さな音を立ててグラスを煽った。 追っていいのだろうか。 里を抜けることに、大して罪の意識も恐怖も湧かない。 それより、追った先のサスケはどう思うか考えると怖い。 このまま互いに忘れるのが、幸せというやつなのではないのか。 そんな幸せなど有り得ない、と気持ちが訴えるのに、 サスケがどう思うかと考えると動けない。 「…会いたいよ」 「馬鹿ね」 それは哀れみの中、酷く優しい声だった。 すべてを捨てて逃げたサスケ。 すべてを捨てて追えば、新しい関係が築けるのだろうか。 歪んだ愛情を求めるのではなく、 暖かな愛情を求め、受け取ってくれるだろうか。 それが叶えられるのなら、何を捨ててでも追いたい。 追って、今度こそちゃんと幸せだと感じたい。
5.06.08〜05.08.12 ← Back