湖の上に、月の光が反射して光の道ができていた。
ゆらゆらと揺れる光。
それは、どこか手招きをしているみたいで、足を進めた。
チャクラを使って水上を歩くのではなく、湖の中へと入っていった。
この白く輝く光る道は、何処に俺を連れて行くのだろう。
Monsoon Baby.
「サスケ」
名を呼ばれた気がした。
よく知っている声。
でも、もう聴けないと思っていた声。
だから、振り返らない。
期待を、させないでくれ。
「サスケ」
声が聴こえる。
呼ぶ声が聴こえる。
でも、振り向いてはいけない。
そこには、アイツはいない。
絶望を知るのは、もう十分だ。
「サスケ」
耳を塞いでも聴こえてくる。
なぁ、気づいてる?
その声を聴くたびに、俺はどうにかなりそうなんだ。
もう呼ばないでくれ。
期待をさせないでくれ。
「サスケ」
それでも、聴こえてくる声。
耐え切れず、振り返った。
けれど、求めた人はいない。
だから、
だから、振り返りたくなんかなかったのに。
自分で幻聴を作り出すほど、会いたいと思うのに、会えない。
現実を突きつけないでくれ。
もうほっといてくれ。
これ以上、狂わせないでくれ。
「サスケ」
けれど、いつもなら現実を受入れると消える幻聴も、今日は何故か消えなかった。
期待を、していい?
足が声に誘われるままに動く。
声からは遠近感覚が一切掴めない。
それでも、確かに俺は呼ばれている。
一歩一歩が重い。
期待と不安。
知りたい、知りたくない。
思いは混ざり合うけれど、足は確実に呼ばれるままに進んでいた。
森が開けた処につくと、湖があった。
ぽっかりと切り取られた空間。
湖を木々が取り囲んでいて、
水面には月明かりで光る道ができていた。
いつの間にか呼ぶ声は聴こえなくなったけれど、
今度は光の道が俺を呼んでいるように見えた。
風が吹くたびに静かに揺れる水面が、手招きをしている。
誘われるまま湖へと入っていく。
服が水を吸って重たくなっていくのも気にせず、
ただ呼ばれるままに進んでいく。
水面が腰の位置に来たとき、また呼ぶ声が聴こえた。
「サスケ」
「サスケ」
静かにざわめく木々。
静かに水を揺らす湖。
月に掛かる雲。
光の道が――途切れた。
「…っク」
笑いが、漏れた。
喉の奥から、笑いが漏れた。
泣くこともできず、漏れたのは呻き声に似た笑い。
なぁ、俺どうしたらいい?
もう、狂ってるのか?
どうしたらいいか解らないんだ。
前にも進めず、後ろに戻ることもできず、ただその場に立ち止まる。
水は腰の位置。
――死ねない。
体温は静かに奪われていくけれど、そんなのじゃ死ねない。
どうすればいい?
その時、風が一際強くふいた。
月に掛かった雲が動く。
光の道が、またできた。
声は聴こえない。
けれど、その道を進む。
ただ、進む。
水面が、首のあたりになった。
けれど、それでも進む。
水面が、口のあたりになった。
けれど、それでも進む。
水面が、鼻のあたりになった。
けれど、それでも進む。
水面が、目のあたりになった。
けれど、それでも進む。
水面が、見えない。
見えるのは、水中から見える光の道。
だから、それでも進む。
息が、できない。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
声は、聴こえない。
けれど、光の道がある。
だから、進む。
前だとか、後ろだとか、関係ない。
ただ、進む。
幻聴も、幻視も関係ない。
もうダメなんだ。
心も身体もアンタを求めてる。
幻聴でも、幻視の中でもいい。
そこにアンタがいれば、いい。
だから、進む。
2003.08.08
一応設定は有り。
そんな別バージョン→此方
タイトルは、BGMの『Monsoon Baby』から。
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