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小雨が降りしきる中、仔猫を拾った。
真っ黒い仔猫。

小さく震えるその身体は頼りなげで、気まぐれに差し伸ばした手に牙をむかれた。
最近、漸く懐いてくれた子どもみたいで気に入った。






寒い夜の自画像
「それ、何?」 家に帰ると、眉をしかめたサスケに問われる。 「猫」 「見りゃ解かる」 一層、眉間に皺がよる。 「黒猫、可愛いでしょ?」 誰かを連想させて、と心の中で呟けば、それを感じ取ったのか無言で蹴られる。 それを無視して、さらに一言。 「名前つけなきゃね」 「…飼うのかよ」 「当たり前」 だって、こんなに可愛いのだから。 仔猫を抱きしめ、頬を摺り寄せる。 そして、光る爪。 じたばたと牙をむき出して、怒る姿。 無駄な抵抗なのに、それでも仔猫は抵抗する。 その愚かな姿が可愛い。 「…世話なんてできないくせに」 「何言ってんの? 立派に世話できてんじゃん」 お前を、と揶揄すれば、無言で睨まれる。 可愛いね。 この猫もお前も無駄な抵抗して足掻く姿は、本当に可愛いよ。 「名前、どうしようか?  何か付けたいのある?」 「…ない」 「じゃ、サスケ2号とかにするよ?」 「…」 無言で睨んでも、何の効果もない、って解からないのかね。 でも、その愚かさが可愛いのだけれど。 「サスケ2号で決定な」 「…頼むから、他のにしてくれ」 「じゃぁ、サスケも考えてよ」 また無言で睨む。 身長差があるのだから睨んだところで上目遣いにしか見えず、 それが男の征服欲を刺激するということにこの子どもは解かっていない。 知らず笑みが漏れる。 それを見て、サスケが頬を染めて俯く。 照れているのか、恥ずかしいのか…。 同年代のナルトやサクラたち相手なら無視を決め込むのに、年上には弱い。 そして年上の女ではなく、年上の男にはもっと弱い。 そういうとこは、何か腹立たしい。 けれど顔を上げたサスケの視線とあって、そんなものはどうでもよくなる。 睨むのも可愛いけれど、今のように戸惑いがちに見上げるのも可愛い。 征服欲ではなく、独占欲を孕ます目。 「何?」 優しく問えば、また目を逸らして小さく呟く。 「…クロ」 「…何?」 意味が解からなくて訊き返せば、再び睨む目と合った。 「だから、名前がクロって言ってんだよ!」 顔を真っ赤にして、叫ぶように言われる。 その姿は可愛いけれど…。 「…お前、ネーミングセンスないね」 言えばまた無言で蹴られ、さらに持っていた仔猫を奪い取られ、サスケは部屋の奥へと去っていく。 慌ててその小さな背を追った。 「サスケ、待てって!  クロでいいから、クロで!」 部屋に入ると、サスケは仔猫を抱いたまま忍術書を見ていた。 仔猫はサスケの腕の中で静かに眠っている。 俺の腕の中では牙をむき、引っ掻くことしかしなかったのに。 やっぱり、同類だと思っているのか。 行き場を無くした仔猫は、拾われるか死を待つだけ。 仔猫は小さすぎてひとりでは生きていけないから、その二者選択しかない。 しかも、仔猫には選択権がない。 決定権は周りにしかない。 ただ、仔猫は結果を待つのみ。 そして、この仔猫もサスケも俺に拾われた。 やっぱり、お前ら同類だ。 「サスケ、怒ってんの?」 「…」 無視って、まんま子どもじゃん。 「サスケ、猫貸しな。  まだ雨で濡れてるんだから、拭いてやらなきゃ」 サスケはこちらを一瞥した後、無言で仔猫を抱いたまま、風呂場に向かいタオルを持って帰ってきた。 そして、タオルを1枚投げ渡された。 「クロより、自分を先に拭け」 その言葉に笑ってしまった。 クロだって。 やっぱり、クロなんだ。 我慢しても、笑いが漏れる。 そしたら、またサスケの蹴りをくらってしまった。 「…っ何だよ!」 真っ赤な顔して怒るサスケ。 腕の中で眠っていた仔猫がその声に驚いて、うっすらと目を開ける。 「大きい声出しちゃ、クロが起きるよ」 慌てて腕の中の仔猫を覗き込む。 薄っすら開けていた目が再び閉じるのを見て、ほっと息がつかれる。 「可愛いね」 「あぁ」 腕の中の小さな塊を愛しげに眺める顔は、 世の母親のように慈愛に満ちているのに、口元に浮かぶ笑みはまだ子どものもの。 仔猫などではなく、その姿こそが可愛いのだけれど、 それを言ったら蹴られることが目に見えたので、静かに笑うだけに留めた。 サスケは不思議そうな顔をしたけれど、 それよりも身じろぎした腕の中の小さな存在に慌てて、優しくそれを撫でる。 「可愛いね」 気づけば知らず、言ってしまった。 先ほど言った声と微妙に違うのを察したのか、サスケが振り仰ぐ。 「何?」 いつものように笑って誤魔化そうとしたけれど、それは叶わなかった。 サスケは表情を浮かべず、俺を見つめてきた。 その視線が痛い。 逸らすこともできず、その視線を受け止める。 「…何?」 あまりにその視線が痛くて、逃れるためにもう一度訊いた。 「アンタも拾われたかったのか?」 哀れむわけでもなく、ただそう静かにサスケが言った。 答えることなどできなかった。 呆然とする中、サスケを見つめ返す。 サスケは仔猫を持っていたタオルに巻き、テーブルの上に置いた。 それから空いた両腕を俺に伸ばす。 そして、近づき、抱きしめられる。 俺は抱きしめ返すこともでず、抱きしめられたまま。 「アンタは拾いたかったんじゃないんだ。  拾われたかったんだ」 そうなんだろ? 言って、抱きしめる腕が強まる。 …そうなの、かもしれない。 拾われたかったのは自分なのかもしれない。 行き場を失った仔猫には、選択権はない。 けれど、ひとりで生きていけるだけの力があったのなら、話は別。 自分は、幸か不幸かそれを持っていた。 だから、ひとりで生きてこれた。 けれど、本当は拾われたかったのかもしれない。 誰よりも、拾われたかったのかもしれない。 微笑みかけてくれる誰かを必要とし、この温かな腕が欲しかったのは、 拾ってきた仔猫でもなくサスケでもなく、自分自身だったのかもしれない。 震える腕でサスケを抱きしめた。 サスケは何も言わず、抱きしめる腕の力をまた強める。 温かい。 この温もりを誰よりも欲していたのは、自分だった。
2003.11.16~11.20
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