手のひら挽歌
「ばいばい、サスケ」 空から白い雪がちらちらと降り始め、寒さを一層感じさせた。 アンタの手が触れている頬だけが、酷く温かく感じられる。 「サスケ、聴いてる?」 アンタの声が聴こえるけれど、 それは単なる音でしかなく、耳から脳に伝達されず、そのまますり抜けた。 脳はただ、アンタの手の温もりだけを感じとっている。 唯一のその感覚に縋る。 アンタの手に手を添える。 かじかんだ指は即座にその温もりを伝えてはくれなかったけれど、 それでもじんわりとアンタの温もりを伝え始める。 温かい。 目を閉じ、その感覚にだけ全てを委ねる。 頭上で、深い溜息が聞こえた。 それから、ゆっくりと手が離される。 重ねていた手も、ゆっくりと離される。 「サスケ」 呼びかける声も、単なる音でしかない。 ただ、意識をむける対象は、アンタの手。 温もりの根源である、その手。 「サスケ。  もう、俺、お前に付き合いきれないから。  だから、ばいばい」 カカシが何かを言っている。 けれど、その言葉は未だに俺には届かない。 ただ、すべての象徴ともいえる手を見る。 その手は、ゆっくりと伸ばされ、俺の頭に触れた。 「ごめんね」 小さく呟かれた言葉。 でも、そんなことはどうでもよかった。 アンタの手が、俺から離れていくことだけが、どうしようもなく怖かった。 「…いで」 離れようとしていた手が止まる。 アンタ自身に縋るのではなく、その手に縋る。 「行かないで」 酷く逡巡するように、その手が宙で止まる。 その手に向かって、もう一度言う。 「行かないで」 行かないで。 置いていかないで。 離れないで。 「行かないで…」 手は、何度となく再び頭に伸ばされかけたけれど、 やがて決意をしたように、静かに下ろされた。 「…っ」 カカシが何かを言った。 けれど、俺の注意はそれに向くことはない。 ただ、下ろされた手が、再び伸ばされることにだけに意識が向く。 「誰でも、よかったんだろ?」 頭上で、酷くはっきりとカカシの声が聞こえた。 けれど、ただそれは音として耳に届いただけで、 理解することも、しようとすることもなく、やはり手だけを見ていた。 その手は静かに震えだし、それを抑えるように強く握りしめられた。 そんなにも自分の手を握りしめないで。 そんなことするくらいなら、俺に手を伸ばして。 「手を差し伸べてくれる相手だったら、誰でもよかったんだろ?」 震える手とは対照的に、冷めた声が聞こえた。 先ほどと違って、『手』という言葉に反応してか、 思わず顔を上げると、カカシのなんとも言えない笑顔が見えた。 哀しく笑っているようにも見えるし、自嘲しているようにも見える。 その顔を数瞬見ていたけれどやはりそれほど気にならず、結局、震えを押さえ込める手へと視線を向ける。 頭上で、溜息が聞こえた。 それは、諦めの溜息だったのだろう。 俺への諦めか、自分への諦めに起因するものかは知らないけれど、 たぶん、そうだと思う。 だって、手の震えは止まっていたのだから。 それから、ゆっくりと手は俺へ向かって伸ばされた。 それを目で追う。 腕を掴まれる。 抱きしめられる。 抱きしめられて、カカシの温もりを感じる。 いつも体温が低いと思っていたのに、この寒空の下のせいでか、酷く温かいと思った。 けれど、抱きしめられて見えるのはアンタの胸だけで、それが、哀しかった。 俺は、アンタの手が見たいんだ。 それは、アンタが言うように、 『手を差し伸べてくれる相手だったら、誰でもよかった』のかもしれない。 でも、アンタの手以外は、なんとも思わない。 それが、何を意味するのか解らない。 解った処で、もう遅いんだろ? アンタは俺を置いて行ってしまうのだから。 暫く、カカシは俺を抱きしめていたけれど、ゆっくりと俺を放した。 ゆっくりと離れていく手を見ていた。 「ばいばい、サスケ」 そう言って、アンタは二度と振り返ることなく行ってしまった。 残された俺は、見送るアンタの背にアンタの手を思う。 温かかった手を、思う。
2003.09.13〜09.26
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