遠くで蜩が鳴いている。
風がいつの間にか、夏から秋の気配へと変わった。
もう、秋になったのだ。
そう思って、ふと立ち止まった。
見上げた空は、とても高く、まるで――





溺れる。
「溺れそうだな」 今思ったことを、呟く声が聴こえた。 振り返れば、、サスケがいた。 ポケットに手を突っ込み、こちらを見ないで空を見ている。 「サスケ?」 サスケは、ゆっくりとこちらに視線を寄越す。 それから、口の端だけ上げて笑った。 「溺れそうだな」 仰ぎ見た空は、とても高く、果てなどない気がした。 だから、 だから―― 「俺もそう思ったよ」 サスケもまた空を仰ぎ見る。 ふたりして、空を仰ぎ見る。 ふいに、視界の端に小さな手が見えた。 サスケが空へと右手を伸ばしている。 「どうしたの?」 「別に…」 それでも、手は下ろされることはない。 だから、その手を握った。 サスケが、睨む。 「何すんだよ」 「別に」 自分でもよく解らなかった。 ただ、その手を掴みたいと思った。 独りで行かないで、置いていかないで、とおぼろげに思った。 握った手は子どもの体温らしくやはり温かで、 何故だか心まで温かくなってその手を握ったまま下ろした。 サスケはそれをじっと見ていた。 それから、諦めたように笑った。 俺も、笑った。 「上ばっか見ててもさ、溺れそうだよね」 「あぁ」 「じゃあ、溺れないように、手を繋いでこのまま地上を歩こうか?」 サスケは眉間に皺を寄せたけれど、 そんなこと構いもせずに、手を強く握って歩き出すと、 やっぱりまた諦めたように笑って、もう何も言わなくなった。 ふたり手を繋いで、赤く染まりつつある空を背に家路を急ぐ。 果てない澄み切った秋の空は綺麗だけど、底の見えない湖の水のようで、少しだけ怖い。 けれど、それを眺めたい時だってたまにはある。 そんな時は、またふたり手を繋ごう。 溺れないように、手を繋ごう。
2003.08.31
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