「…頼む」 そう言って、サスケが俺に頭を下げた。


ねぇ。
初めてのお願いがそれ?






Nobody can refuse.

サスケに思いを告げ、なし崩しに付き合ってくれることになって半年。 やっと、サスケは少しだけど笑ってくれるようになった。 照れたように笑うその顔が好きだった。 それは本当に滅多に見せてはくれなかったけれど、 だからこそ見ることができた日は、心から嬉しかった。 けれど、ここ数日、サスケの顔は無表情。 以前のようにムスっとしているのではなく、思いつめたような影が見え隠れしている。 何かあった? 俺じゃ力になれない? どうしようもなく訊きたいのだけれど、きっとサスケは答えてはくれないだろうから、 自分から話をしてくれるのを待った。 それから2週間、漸く真剣な面持ちで、頼みがある、と告げられた。 「カカシ、頼みがある」 視線を逸らすことなく訊いてくる。 「何?」 サスケは真剣な顔をしているのに、俺は笑みが漏れるのを隠すことで必死だった。 だって、お前が俺に頼みごとするなんて、初めてだったから。 だから、俺は愚かにも勘違いした。 ここずっと思いつめた表情をしていたのは、しなれない頼みごとをするからだと、 本当に愚かにも勘違いをした。 緩まる頬を必死に隠し、先を促す。 「何? サスケの初めての頼みごとだもん。  ちゃんと聞くよ?」 サスケは一瞬だけ視線を外したが、もう一度ちゃんと視線を合わせる。 「記憶を消して欲しい」 え? 何? 今、何て言った? 頭はぐるぐると理解できない状態なのに、 直感で感じ取ったのか身体はひどく正直で、冷たい汗をダラダラと流し始める。 「なっ…!?」 「記憶を、消して欲しい」 強い視線が真っ直ぐに俺を射止める。 言葉がでない。 脳が、言葉を拒絶する。 受入れることも、吐き出すこともできず、無様にも口がぱくぱくと動くだけ。 そんな俺を無視して、サスケは続ける。 「頼む。  …もう、限界なんだ。  家族に、血に、過去に捕らわれるのは、限界なんだ。  前だけを見て生きていきたい」 声は微かに震え、それを隠そうと強く唇を噛み締めている。 強い視線は逸らされ、冷たい床へと彷徨っている。 「サス…」 「俺…」 呼びかけは遮られる。 サスケが顔を上げ、また強い視線とぶつかる。 「俺、アンタと生きたい。  アンタだけがいればいい。  アンタと一緒に、前だけを見て生きたい」 視線は逸らされることはない。 ただ、静かにその両眼から透明な雫が流れ落ちる。 誰がこの頼みごとを断れると言うのだろう。 初めて愛しいと思った子どもから、 初めての頼みごとをされた、というだけでも断りたくはないというのに、 この理由を聞いて、誰が断れるというのだろう。 例え、それが間違っているとしても、 例え、それが誰のためにならないとしても、 例え、それが幸せな結末を招かないとしても、 それでも、誰も断れないだろう。 例え、サスケの頼みごとを聞くためと言いながら、 苦しげな表情を浮かべ記憶を消している中、 まっさらなサスケを手に入れることができる、 と内心どうしようもなく喜ぶ自分に気づいても、この頼みは断ることはできない…。
2003.08.29 『Nobody can refuse.』=誰も断れない
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