たくさんの嘘を君についた。
たくさんの嘘を君は信じた。
嘘だと解っていて、君は信じた。
たくさんの嘘を、僕は言った。
けれど、たった一度だけ僕は真実を言った。
僕は、真実を言った。
虚言症
「好きだよ」
そう言って、君を抱きしめる。
眉間に皺を寄せる君。
けれど、怒っているのではない。
困っているのだ。
だって、君はどういう対応をしていいのか解らないから。
僕は君を『好きだ』と言う。
けれど、君なんて『嫌いだ』とも言う。
抱きしめることもあれば、骨を折るまで傷つけることもある。
思ったままに、君への感情をぶつける。
その根底にあるのは、自分でも何か知らない。
知っているのかもしれないけれど、まだ気づきたくはない。
だから、感情のまま君に接する。
君はそうまでされても、僕のもとを離れない。
離れられない。
その理由が何かを、僕は知らない。
知っているのかもしれないけれど、
それは僕の根底にあるものと同様に、気づきたくないだけなのかもしれない。
だから、君の理由なんて無視して、僕は思うがままに君に接する。
気が向けば君を抱きしめ、気が向けば君を殴る。
僕は、思うように君に接する。
君のことを『好きだ』と僕は言う。
君のことを『嫌いだ』と僕は言う。
けれど、どちらも嘘なのだ。
どちらでもない。
君のことを『愛している』と僕は言う。
君のことを『憎い』と僕は言う。
でも、本当はどちらでもない。
ただ、思ったことを適当に言う。
ただ、それだけ。
君はどちらの場合にも、最初は困った顔をする。
それから、次に僕が出る行動を息を殺して待つ。
僕が行動に出て、やっと君はそれにあった対応をする。
抱きしめれば抱きしめ返し、殴れば無様に倒れる。
けれど、どちらにも共通して言えることは、君は一切言葉を発しない。
ただ、その真っ黒な瞳で僕を見る。
その時々の感情を僅かばかりに浮かべながら。
けれど、いつもその目には生気がない。
疲れきっている。
諦めた色がある。
気にしなかったけれど、
思えば君はいつの頃からか、ずっとそんな目をしていた。
それに気づいた時、僕は初めて真実思ったことを口にした。
死ねばいい、と口にした。
初めて言った僕の真実を君は察したのか、君は笑った。
静かに微笑んだ。
感情があまり出ることのなかった瞳に、生気が見えた。
それから、僕を引き寄せキスをした。
そして、離れる間際、小さく君は呟いた。
ありがとう、と。
僕は固まった。
その場を動けなかった。
去りゆく君を追うこともできず、ただ無様にも立ちすくんでいた。
君が視界から消える。
それでも、僕は動けない。
夜が明け始めても、僕はその場を動けない。
ただ、その場に座り込むことが精一杯。
それだけのことをすると指一本動かすこともできないほど、僕は茫然自失に追い込まれていた。
夜が完全に開け切った頃、アスマが息せき切って走ってきた。
まだ、呼吸を整えることもできないその口から、途切れ途切れに僕に言葉を伝える。
サスケが自殺した、と言葉を告げる。
それでも、僕は動かない。
それでも、僕は動けない。
アスマの方を向くこともできず、ただ煙草で黄ばんだ壁を見つめる。
肩をつかまれ、殴られた。
けれど、僕は動けない。
倒れこんだ床の木目を、目に映すだけ。
そこに小さな水溜りを発見する。
そして、僕はやっと気づく。
自分が泣いていることに。
そして、僕はやっと気づく。
自分の根底にあったものを。
僕は、君が好きだった。
僕は、君が嫌いだった。
僕は、君を愛していた。
僕は、君を憎んでいた。
――僕は、君という存在全てを愛していた。
正の感情、不の感情、すべてが君に向かっていた。
それは、もう自分を失うほどに、君を愛していた。
だから、どうしようもなくなって、僕の中から君を排除しようとした。
相反する気持ちを同じ対象に向けることができるほど、僕は器用ではないから。
でも、愚かな僕は知らなかった。
僕は君を思う気持ちを知らなかった。
根底にある君を思う気持ちを知らなかった。
何処?、掠れた声でアスマに問う。
見上げたアスマは、視線を僅かに逸らし、遺体安置室、と答えた。
サスケは何処で?、もう一度、僕は問う。
アカデミーの裏山、アスマは答える。
僕は、また静かに涙を流す。
そこは、ふたりがよく行った場所。
修行に付き合う時、よくそこで待ち合わせた。
休みの日も、約束してなくても、ふたりして時間があればそこに行っていた。
酷く重く感じられる身体を起こし、僕は君に会いに行く。
もう何を言っても君には届かないけれど、僕は君に会いに行く。
薄暗い死体安置室に君は横たわっていた。
クナイで心臓を一突きした君の遺体は、発見が早かったこともあり、まだ生きているみたいだった。
顔色が悪いだけで、ただ眠っているようだった。
そんなにも君の顔は安らかだ。
君の目に触れる。
君は、目を閉じたまま。
君の頬に触れる。
君は、何も言わない。
君の頬に触れる。
ポタリと君の頬に落ちる透明な雫。
君の頬に触れる。
透明な雫が、君の頬を伝う。
まるで、君は泣いているみたい。
少しだけ、はにかんで泣いているみたい。
君の頬に触れ、君の唇にキスを落とす。
それから、君が自殺した場所へと向かう。
そこは容易に解った。
変色した血が、地面を汚していたから。
ここで、君はクナイで心臓を一突き。
ここで、君は死んだ。
僕はクナイを取り出す。
そして、おもむろに心臓を一突き。
僅かに急所を外し、一突き。
けれど、確実に死ねる場所を一突き。
だって、君を思いながら、君のもとに逝かなければならないから。
君を思う分だけ、君の傍にいける気がした。
真実だと思って吐いた言葉は、
僅かに真実の輪郭を辿るものでしかなく、真実そのものではなかった。
けれど、君は敏感すぎるほどにそれを感じ取ってしまい、
それをそのまま偽りざる真実だと勘違いしてしまった――と、思う。
僕はまだ君に言っていない。
真実そのものを、君に言っていない。
そして、君の真実も聞いていない。
君の根底にあるものを、僕は聞いていない。
あの時、何故君が笑ったのかも、愚かな僕には解らない。
推測すらできない。
だから、教えて。
もうすぐ、君に会いに行くから、教えて。
僕も、根底にあったものすべてを君に聞いてもらうから。
だから、君も教えて――…
2003.09.03
BGM:スピッツ『夜を駆ける』
※Hちゃん一言感想※
→『本気で涙がぼろぼろ出てきた』
← Back