嘘吐き。
嘘吐き、嘘吐き。

何を今更、と冷静な自分が告げるけれど、それでも思う言葉は唯ひとつ。


――嘘吐き。






A gently cruel lie.

鐘が鳴る。 厳かに、鐘が鳴る。 右を見れば、黒い服を着た子どもがひとり。 左を見ても、黒い服を着た子どもがひとり。 見上げれば、黒い服を着た大人がたくさん。 振り返っても、黒い服を着た大人がたくさん。 自分の手には、白い餞の小さな花束が。 それを握る手は、その花よりも白い。 小刻みに震えているのはどうしてか。 右隣の子どもが、自分の名を呼ぶ。 けれど、自分は答えない。 答えられない。 左隣の子どもが口を開くが、それは声にはならず再び硬く口を閉ざす。 悔やみの言葉が、頭上を飛び交う。 泣き啜る声が、風に乗って聴こえてくる。 それに、安堵する自分。 ――アンタ、愛されてたんだな。 そう思うのだけれど、それさえもどこか遠い現実。 ただ、ただ、自分の頭を占めるのは、『嘘吐き』という言葉だけ。 彼は自分に一方的な提案をした。 それは、突然彼が言い出したことから始まった。 「嘘を吐いてあげようか?」 胡散臭い笑みと共に、彼は言った。 答えるのも馬鹿らしく踵を返そうとする腕を捕らえ、彼はなおも言う。 「可能な限り嘘を吐いてあげようか、って言ってんだけど。  サスケ聞いてる?」 笑って人を馬鹿にしたことを言ってくる彼に、怒りが湧いた。 「ふざけんな」 怒気を孕んだ声で言っても、彼は笑うばかり。 「ふざけてないよ。  お前を幸せにする嘘をいっぱい吐いてやろう、って言ってるの」 どこまでも人を喰った笑みで笑う男には、 きっと何を言っても通じないと悟り、諦め混じりに呟いた。 「…頼んでない」 「今はね。  でもいつか、そんな時が来たらいつでもいいからおいで」 そう言って最後に笑った男の顔は、素の笑顔だったように思う。 胡散臭い笑みでもなければ、冷笑ですらなかった。 ただ、楽しそうに男は笑った。 その日から一度も自分は、彼の提案を聞き入れた覚えはない。 けれど、その日から彼は自分に対してある行動を始めた。 好きだ、と彼は言う。 愛してる、と彼は言う。 馬鹿みたいに笑って、彼は言う。 笑う彼の表情は、さまざまだった。 胡散臭い時もあれば、冷笑の時もあるし、嘲笑の時もあった。 けれど、彼は時折優しく笑ったし、泣きそうにも笑っていた。 そして、嘘だと解っていても、本気にしそうになる自分がいた。 彼の提案を聞き入れるまでもなく、間もなく見事に自分は陥れられた。 いつの間にか、彼が自分の名を呼ぶことが好きになった。 彼が、自分を好きだと言うことが嬉しかった。 優しい嘘は幸せだった。 嘘だと解っていても、幸せだった。 けれど、嘘は嘘でしかない。 そう、嘘は結局嘘でしかなく、優しい嘘は酷く残酷だ。 彼が優しい嘘を吐くたび、彼の言うように自分は幸せだった。 けれど、それが嘘である限り、真実幸せではなかった。 酷く甘い嘘は、胸を苛む。 けれど、どろどろとしながらも甘ったるい蜂蜜のような嘘は、自分を捕らえて離さない。 彼が今も生きていて隣であの優しくも残酷な嘘を吐いていたら、 きっと自分は身動きが取れなくなっていただろう。 発狂寸前のギリギリの中の幸せ。 決して長くは続かない、独りよがりの幸せがそこにあった。 けれど、彼がいなくなった今はもう、あの優しくも残酷な嘘が聞けない。 それでは、自分は呪縛を解かれたのか。 答えは、否、だ。 彼があの提案を実行した瞬間から、こうなることは目に見えていた。 寂しい自分は、優しい嘘からは逃れられない。 拒絶しようにも、差し伸ばされた手は振り解けない。 だって、それはいつも望んでいたことだったから。 そして、一度それを甘受したら最後、それがないと生きていけない。 彼はどこまで解っていて、あんな提案をしたのだろうか。 彼は、何がしたかったのだろうか。 嘘はどこまでいっても嘘でしかない。 優しい嘘は自分を幸せにしてくれたけれど、一時凌ぎでしかなかった。 いつその嘘が終わるのか解らぬ恐怖の渕に立たされながらの幸せ。 そんな幸せは、長くは続かない。 けれど、それでもあの今にも壊れそうな幸せが、今、狂おしいほど恋しい。 彼が吐く、あの優しくも残酷な嘘が聞きたい。 自分を幸せにする嘘をいっぱい吐いてやる、と彼は言ったけれど、 最後の最後で、彼はそれを果してはくれなかった。 自分は今幸せではない。 彼はたくさんの嘘を吐いて、自分を幸せにしてくれたけれど、 最後の最後で、彼は嘘を吐きとおしてはくれなかった。 優しい嘘を言ってくれる彼はもういない。 自分は今、幸せなんかじゃない。 嘘吐き。 嘘吐き、嘘吐き。 最初から彼は、嘘を吐いてやる、と言っていた。 事実、彼は優しい嘘を吐いてくれた。 けれど、彼がいなくなった今、自分は幸せなんかじゃない。 幸せにする嘘を吐いてやると彼は言ったのに。 嘘吐き。 嘘吐き、嘘吐き。 嘘吐きの彼に死なれてもなお、捕らわれてしまった自分。 嘘吐きの彼はどこまでも嘘吐きで、 今となっては、彼の吐いた嘘がどこからどこまでが嘘だったか解らない。 けれど、そんなことはもうどうでもよく、同じ言葉が頭から離れない。 彼を呪うように思う言葉は、『嘘吐き』、ただその一言。
(04.03.30), 04.04.27 『A gently cruel lie』=優しく残酷な嘘 ※Hちゃん一言感想※   →『…此れやばいから』
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