幸せの代価
幸せになりたいなー。 カカシが唄うように呟いた。 いぶかしむ視線を送れば、へらへらとした笑みを寄越す。 「ねぇ、サスケ。  幸せになりたくない?」 「…」 「ねぇ、サスケ。  サスケも幸せになりたいよね?」 何も言えないでいると、カカシはさらに続ける。 「なりたいよね?」 楽しそうに小首まで傾げる。 「…アンタ、何言ってる?」 「何って?」 全くもって解りません、という顔。 本当に、解らないのだろうか。 カカシのその表情に薄ら寒いものを感じる。 「だって、お前――」 「ん?  だって、何?」 薄く笑う男。 今度こそ、背筋に悪寒が走った。 「だって、血が――」 「血が?」 数刻前までのへらへらと笑う笑みがが消えた。 変わりに、酷薄な笑みが現れた。 「血が、何?」 血が何? いや、血が問題なんかじゃない。 今この状況で、幸せになりたい、と笑って言うアンタが異常なんだ。 今は、暗部の任務中。 後は里に帰って報告すれば終わるという状況。 つまり、目の前には自分たちが作った死体が転がっていて、僅かばかりといえどその返り血を浴びている。 そんな状況で、アンタは笑って何を言ってる? 「…死体」 「何、今度は死体? あぁ、死体の前でする話じゃないって?」 そうだろ? 普通、幸せになりたい、なんて今言うセリフじゃない。 誰かを殺して、その死体を前にして言うセリフじゃない。 「馬鹿だね、サスケ」 カカシが笑う。 「人を殺した今だから言えるんだよ」 クスクス笑いながら、カカシは続ける。 「誰かの幸せを奪った分、自分がそいつの幸せを得る。  これ、道理」 何? 「俺は、お前とは比べ物にならないくらい、殺してきたよ。  だから――」 「だから、幸せ?」 カカシの言葉を遮って訊いた。 カカシの口から訊きたくなかった。 答えられれば同じだと解っていても、それでも遮ったらカカシが笑った。 「そう、幸せ」 「…それでも、足りないのか?  まだ、幸せになりたいのか?」 「足りないね。  俺、欲張りだから」 「また、人を殺すのか?」 「幸せになるためにね。  あぁ、サスケももっと殺らなきゃね。  俺とお前、ふたりで幸せにならなきゃ意味がないから」 楽しそうに笑うカカシ。 それは、もう本当に、楽しそうに。 胸に痛みを感じて、泣きたくなった。 どうして今、泣きたくなるのか解らないまま、震える声で訊いた。 「なぁ、アンタ幸せ?」 「幸せ」 極上の、けれど、それと同じだけ皮肉が浮かぶ笑顔でカカシが答える。 もう、本当に泣きそうだった。 自分がこれからどれだけ多くの人を殺すのか、自分でも解らない。 強くなるため、野望のためなら、きっと数え切れないほどの人を殺すのだろう。 それが頭では解っていても、気持ちの上では巧く整理がついていない今、 殺したら殺した分だけ幸せになると言うカカシの言葉を、 体のいい言い訳にするほど弱くもなくもなければ、馬鹿だと一笑にふせるほど強くもない自分は、 ただ胸が痛むだけの中途半端な人間でしかなく、ただもう本当に泣きそうだった。 自分の脆弱な気持ちも、カカシの狂人じみた言葉も何もかもが胸に痛く、泣きたかった。 「…アンタの言う幸せ、って何?」 「さぁ、何でしょう?」 酷く酷薄な声とともにカカシが笑った。 今度こそもう何も言えなくてただじっと見つめていると、カカシは血で汚れた手で俺の頬に触れた。 「サスケもさ、そのうち解るよ」 口元には相変らず酷薄な笑みがあるというのに、目だけは哀しいくらいに真摯なもの。 「そのうち、解るよ」 そう言って、静かにキスをしてきた。 解らないほうがいいけれど、という小さな小さな呟きとともに。 これからどれだけ、自分はこの手を汚すのか。 これからどれだけ、アンタはその手を汚すのか。 血で汚れきった手で奪い取った幸せとは、一体どんな幸せだというのだろう。
2004.02.18〜02.22 ※Hちゃん一言感想※   →『呼吸するの忘れてた』
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