「っ何でもっと早く起さねぇんだよ」
約束どおりのアルからの電話で目を覚ませば、あと10分で13時だと笑って言われた。
「だって、そのほうがいいかと思って」
いいワケねぇだろ。
目的のミハイルさんの店まで走って5分。
間に合え、俺。
With you.
外に飛び出せば、よく解らないけど賑やかだった。
出店もあるし、音楽も聴こえてきてパレードでもあるみてぇだ。
でも、そんなことより、
俺にはテレビが大事で、人ごみ掻き分けてミハイルさんの店に向かった。
「ミハイルさん、テレビ見せて」
腕時計を見れば、かなり飛ばしてきたせいか数分余裕があった。
なんとか、間に合った。
「いいぜ。お前も見るのか?」
「うん、アルがテレビに出るんだろ?
やっぱ、兄としては見ねぇとな」
笑いながら勝手にチャンネルを変えれば、ミハイルさんが驚いた。
「何?
アルのヤツがテレビに出るのか。
そりゃ、そっちのが大事だな」
「え、ミハイルさん、何見ようとしてたんだよ」
「何ってお前――」
「私だろ」
ミハイルさんの言葉を引き継ぐように、背後で声がした。
知っている声。
聞きなれた犬の声。
「アンタ、パレードは…」
動けないでいる俺の代わりに、ミハイルさんが驚いた声で訊いた。
「いろいろあってね。
それよりも、この子連れてくよ」
振り向けない俺の腕を、ロイが引っ張る。
その拍子に見上げれば、
見慣れた顔のくせに、見たことのない顔で笑う男がいた。
「…何で?」
「うん、いろいろとあってね。
ちょっと、話そうか」
「でも、アルが…」
もうとっくに13時を回ったのか、
テレビの中ではアルが笑ってインタビューに答えていた。
「君たちは、いつでも会えるだろ?」
そう言われると何も言えなくて、ただ黙って先を歩く男に付き従った。
「俺んち?」
歩く先は、もと来た道。
どうやらパレードの中心となるはずだった男は、
人目を避けるようにか、深くフードをかぶっている。
「そこしか、知らないからな」
「そっか」
それだけしか喋らなかった。
ずっと無言で、辿りついた家でもどうしていいか解らなかった。
互いに向かい合ってソファに座った。
目の前には、ロイが淹れてくれた紅茶がある。
「手紙が来てね」
口火を切ったのは、ロイだった。
「…アルから?」
「そう。
兄さんが笑わない、って」
「馬鹿だな」
そんなことで手紙を出したアルも、そんなことで会いに来た男も。
「一大事だからね」
「ロイも笑ってなかったんだろ?」
「笑ってたよ」
そう言って笑うのは、見慣れぬあの笑み。
「笑ってねぇよ。
それを笑ってるなんて、言わねぇ」
「うん、そうだね」
「で、俺をふたりしてハメたのか?」
「違うよ。
会いたかったんだ、私が」
そう言うロイの目は、初めて出会った時の捨てられた犬みたいな目だった。
「っ何で…」
続く言葉は山ほどあったのに、何ひとつ言葉にはなってくれない。
「…笑いたかったんだ」
言葉を引き継ぐように、ロイが小さく呟いた。
「君と、笑いたかったんだ」
噛み締めるように呟かれた言葉が、俺の心臓を締め付ける。
息が止まるかと思うほどに、泣きたかった。
そう簡単に言うなよ。
アンタにとってどうだったか知らねぇけど、
他人から見たら輝かしい場所を捨ててまで来る所じゃねぇだろ。
こんなガキの所になんて、来るなよ。
俺は、何も、何も持っていないのに。
それでも、
嬉しいと思う気持ちは捨てられない自分が、酷く情けなかった。
06.09.20〜21
『With you.』≒君と。
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