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彼は、俺を死なせないと言う。 死なない限り、俺は侵食に苦しみ続けなければいけない。 それから逃れるために、彼のことを考えればいいと彼は言う。 そこに、俺のエゴはない筈。 ――けれど、それは本当に? Egoistic love 5. 彼が俺の死を阻むと言った限り、どんな手を使ってでも俺は生きることを強要される。 それは予想でも何でもなく、確定事項となるだろう。 そして、俺は生き続ける。 侵食に犯され苦しみながら。 けれど侵食が進んだところで、そこに発狂という逃げ道など残されていない。 アルの身体が生きている限り、 そして意識が戻る可能性がある限り、アルを忘れて狂うという逃げ道は残されていない。 ただ、苦しみ続けながら生きていくだけだ。 発狂寸前で、生き続けるだけ。 死という侵食から逃れる道が断たれたのならば、 残された道は、彼の言うように彼を想うことだけだろう。 他の人間では、きっと無理だ。 その理由はうまく言えないけれど、彼でないと無理だとどこかで悟っている。 それに彼を想うことは、 苦しみながら生き続けることを思えば、信じられないほど楽なことだ。 楽な生を選ぶ、それが俺のエゴ。 あぁ、彼の言う通りだ。 俺のエゴも彼に向かうのだ。 彼がそれを強要していないとは言えない。 けれど俺のエゴは、彼へ向かっていくのだろう。 苦しみながら弟のことを考えるのを止め、ただ彼のことを想うだけ。 弟に向かっていたすべての想いが、彼へと向かう。 そして得られる、苦しみのない生…。 彼を見上げれば、彼は優しく微笑んだ。 恐怖すら感じたあの薄ら寒い笑みはもう見えない。 ただ彼は優しく微笑み、手を差し伸ばしてくる。 それはまるで悪魔の微笑で、その悪魔は囁く。 「君のエゴが私に向かう理由が解ったかい? 私の手を取れば、君は休めるよ」 優しく微笑みながら、彼は何処へと俺を導くのだろう。 その手を取りたい衝動に駆られる。 けれど、まだ伸ばされた手を取れない。 聞かねばならぬことがある。 「…楽な生を選んだ俺は、生きてる?」 彼は怪訝そうに眉を寄せる。 「アンタだけを想う俺って、それ本当に俺? アルを想う代わりにアンタだけ想うのって、それ本当に俺?」 「…さぁ、どうだろう」 彼は苦笑しながら、アルの眠る身体を見つめた。 「君の身体は生きている。 けれど君の想いがアルフォンスくんではなく、 私にすべて向かうというなら、それは私の知る君ではないね」 「あぁ。 だからそれって、ちゃんと俺として生きている?」 彼はアルの身体を見つめながら、問うてきた。 「君は、今アルフォンスくんが生きていると思うかい?」 「…問いに問いで返すのは卑怯だ」 答えられなくて、悔し紛れに吐き捨てる。 「…そうだね。 少なくとも、アルフォンスくんの肉体は生きている」 そんなこと言われなくても解っている。 俺が知りたいのはそんなことじゃなくて…。 「肉体がなくても彼は生きていた。 3年前までは、君と一緒に笑っていた。 何も肉体の有無が生死を分けるわけではないよ」 それも知っている。 身体がなくて鎧を纏っていた時のほうが、アルは今より生を感じさせていたから。 「人の生死の境界線など、私は知らない。 私が知っているのは、死んだら終わりだということだけだ。 けれど肉体と精神のどちらかがあれば、私は生きているとみなすよ。 大切な人ほどどんな理由をつけてでも、死から遠ざけたいからね。 だから君が私を想うことで、私の知る君でなくなったとしても、 今の君自身として生きていなくても、君の身体が生きている限り私は君が生きているとみなすよ…」 その言葉に、もう抵抗する気力は消えた。 彼がどんなことをしてでも俺を生かし続けると言うのなら、 俺に死という逃げ道は残されていないのなら、俺は楽な生を選ぶ。 彼に、委ねる。 苦しむのは、もうごめんだ。 生きなければいけないのなら、楽に生きたい。 「アンタ、愛し方を知らないだろ?」 最後の抵抗にと皮肉を込めて笑って言ったら、。 それを解らぬ彼ではないのに、彼は静かに笑みを浮かべた。 「そうだね。誰も教えてくれなかったから」 それを見て、解った気がした。 残された誰かを想うという道が、彼でしかなかったことを。 他の誰でもなく、彼でなくてはいけなかったことを。 彼の笑いながら言ってきた『愛している』という言葉が、少しだけ解った気がした。 あの言葉は、嘘ではなかった。 そして彼は本当に、愛し方を知らないのだ。 思いを伝える術を知らないように思えた。 彼でなくてはならなかった理由は、彼が俺を歪んでいようと愛しているから。 だから誰よりも俺は楽な生を生きられると、どこかで知っていたのだろう。 けれど、彼の愛は歪みすぎていてエゴでしかない。 だから、これは愛などではない。 エゴの押し付け合いを、互いに許容しただけだ。 だから、愛などではない。 でも、それでも、彼は愛だと言うのだろう。 死ねないのなら…生かされ続けるのなら、楽に生きられる道を選ぶ。 エゴだとか愛だとか、もういい。 ただ、彼を選ぶ、それだけだ。 彼を選ぶことは、侵食とは違った狂気を生み出すことと何ら変わりはないのかもしれない。 けれど、彼の愛によって生れる狂気に浸るのも悪くはないかもしれない。 傍目に幸せそうに笑っていられれば、それでいい。 アルが目覚めた時、俺の肉体があって少しばかりの今の俺としての意識が残っていればもういい。 「俺はアンタを愛してないよ」 諦め、苦笑をのせ言った。 「君が言ったように、私は愛し方を知らない。 そして、愛され方も知らないんだよ。 だから君のエゴが、私に向いているというだけでいいんだ。 私にとって愛というモノは、エゴと何ら違いはないからね」 彼は少しだけ寂しそうに笑った。 その笑顔を見て、何故か胸が痛んだ。 俺が彼を選ぶことで楽な生を得られるように、彼も少しでも楽だと思ってくれればいいと思った。 無理なことかもしれないけれど、そう強く思った。 ――だから、差し伸ばされた手を取った。 アルが目覚めた時、俺は彼の傍にいる。 その時俺は、侵食から遥か遠い処にいるのだろう。 そして、きっと穏やかに笑っているだろう。 それは、今の俺ではない。 アルの知っている俺でもない。 そんな俺を見て、アルはどう思うのだろう。 俺をアルの知る俺だと認めてくれるだろうか。 アルの兄である俺として認めてくれるだろうか。 ――生きている、と認めてくれるだろうか。 未だに俺は何をもって生きているとするのか解らない。 精神と肉体の両方があってやっと、生きている、と人は言う。 けれど、俺はアルを知っている。 肉体を失って精神だけでも、アルはアルだった。 精神を失って肉体だけとなった今でも、アルは生きていると思う。 アルが目覚めた時に、 肉体は生きているけれどアルの知る俺ではない壊れかけた、 けれど穏やかに笑っているであろう俺を見て、アルはどう思うのだろう。 願わくば、生きている、と思ってくれればいいと切に思う。 最後の最後まで、俺はアルにエゴを押し付けてばかりだ。 ――彼を選んだけれど、最大のエゴはアルへと向かっていた。← Back
~08.08