パタンと後ろで扉が閉まる音が聞こえた。
崩れ落ちそうになる身体を叱咤し、ただ何も考えず逃げるように前へ進んだ。







An late at night park.







誰にも会いたくなくて、落ち着くまで時間を潰そうと公園に向かった。
夜の公園は、月明かりと外灯だけが頼りで薄暗い。
ぽつんと置かれたベンチに、膝に顔を埋め座り込む。
ぎゅっと膝を抱え込んだ感触に、先ほど彼がくれた感触を思い出す。

彼の手が、自分を抱きとめ離さなかった。
その手は大きくて力強くて、大人の男の手で…。
そんな彼に、子どもの自分は何を望むというのか。


昼間に距離を確認したくせに、それは何処か遠い処に行ってしまったように思える。
ぎゅっと目を閉じ、頭を振った。
けれど、そんなことではあの感触は消えてはくれない。
それどころか、目を閉じれば彼を思い出す。


抱きしめられた時、どうして、と思った。
困惑の中、抱きしめる前に彼が見せた、無表情なのに何処か痛々しい顔を思い出した。
そして、強く、強く抱きしめられている事実。

名を、呼んだ。
それは、意味を教えてくれ、と請うためだったか――

無意識のまま名を呼んだが、彼は答えてくれることなく抱きしめる力を強めた。


まさか、と思った。
まさか、彼も自分に好意を抱いてくれているのではないか、と。
そんな都合よすぎることを思ってしまった。

もし本当にそうであるなら、捕らわれる、と怯えながらも、
それを心の奥底で願っていることも知っていた。
だから、そんなことは有り得ない、と彼の腕を離そうとした。
勢いよく振り払うつもりだったのにそんなことはできず、弱々しく押し返すしかできなかった。
なんて、情けないことか。


顔を上げれば、視線が絡んだ。
彼は、あの痛々しい顔をしていた。
けれど先ほどとは違い、
無表情で隠されることなく、素の表情が曝け出されていた。

否定した期待が再び、頭を掠める。
気がつけば、声に出して言っていた。

「…大佐、アンタ…」

けれど、続く言葉は言えなかった。
好きなのか、とでも問うつもりだったのだろうか。
…きっと、問うつもりだったのだろう。

けれど、そんな言葉は言えるはずもなく、言いよどむしかできなかった。
彼は何も言わず、笑った。
困ったように、笑った。

それは、何を意味するのか解らない。
考えたくないだけかもしれないが。
ただ、気づいたのは、自分の愚かさ。



何度確認すれば、自分は理解するのだろうか。
この距離は間違っている、と。
彼と自分の距離は、触れ合わない距離でしかない、と。

愚かさと悔しさに耐えるために、両手を強く握った。
痛みで、現実を思い出したかった。

彼が、その手に触れた。


本当に、この男はどうして――…




間違えそうになるから、
余計な期待を考えそうになるから、もう触れないでほしいのに。
もう、間違いたくないのに。


触るな、と言い放ち振り払えば、頭上で彼の笑う気配が伝わった。
それは、大人の笑いだと思った。
駄々をこねる子どもをあやす時に出る笑みと同じもの。
きっと、そんな笑みをしているのだ、と見なくても解った。


そして、彼は謝った。
さらに、どうかしていた、とまで言った。


それがきっと正しい答えなのに、自分の胸は悲鳴をあげた。
どうして、ここまで自分は愚かなのか。
痛む胸を堪えている中、彼は続けた。
情報は、明日でいいか、と。



あぁ、そうだ。
自分と彼との繋がりは軍でしかなく、
そして、彼が旅に出ることを見逃してくれている今、繋がりは彼がくれる情報でしかない。

距離など、もとからなかったのだ。
考えるまでもない、それ以前の問題なのだから。


情報をなど、電話1本で終わる。
それなのに、何を態々出向いていたのか。

報告書のため?
そんなもの各司令部を使えば軍が運んでくれる。

出向いていたのは、ただ彼に会いたかったから。


――エドワード・エルリック、お前も落ちぶれたな。




クッと笑いが漏れた。
そのまま自分を嘲るように大声で笑いたい気持ちと、泣き出したい気持ちが湧き上がる。
けれど、そんなことをする気力も何もなく、ただ彼のもとから早く立ち去りたかった。

明日また行く、とだけ告げ扉に手をかけた。

入り込む光は眩しくて、
薄暗く出口のない迷路を歩んでいる自分には眩しすぎて、
この光に融けてなくなりたい、と何処までも暗く愚かなことを思ってしまった。
そんなことはできるはずはない、と知りながら。


踏み出そうとしたところで、名を呼ばれた。
それは酷く焦りが滲んだもので、思わず途中まで振り返りかけたけれど、
もう間違いは起こしたくないと、振り返るのをやめた。
一瞬目の端に映った彼が、
見たこともないほど焦っているように見えたのは、単なる自分の希望だったのだろうか。


パタン、と小さな音を立てて扉が閉まった。


光の中、整理のつかぬ感情に翻弄される自分が、ただひとり残される。
気を抜けば、泣きそうだった。
崩れ落ちそうだった。







04.06.03 『An late at night park.』=夜更けの公園。
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