何をしているのだろう。
子どもに拒絶され、去られたまま動けないでいる。
The other side of a door.
帰る気力も、もうない。
子どもが出て行った扉に背を向ける形で、客用のソファにぐったりと深く腰掛ける。
それは、子どもがもうここには来ないだろうことから、背を向けているように思え力なく笑った。
愚か、だな。
重い身体を動かし、特別な客用にと取っておいたウィスキーを取り出し煽る。
味を楽しむわけでもなくただ酔うためだけに杯を重ねても、いっこうに酔う気配は伺えない。
それでも飲み続け、一瓶開けたが、結局酔いはまわらない。
視線を上げれば、窓から入ってくる月明かりが見える。
金の光が漏れ入る。
その光に、あの子どもを思い出す。
けれど、その子どもはもうここには来ないのだ。
子どもに触れたのも自分、
子どもから逃げたのも自分、
子どもに拒絶されたのも―――自分。
本当に、何をしているのだろう。
「…の…がねの……鋼の…」
声に出して名を呟く。
月明かり見つめながら、あの子どもの名を何度も呟く。
もし今、子どもが現れたのなら、自分は何と言うのだろうか。
言えなかった言葉でも吐くつもりなのだろうか。
…愚かしい。
そう思うのに、名を呟くことを止めることはできないでいる。
何度も何度も、子どもの名を呟く。
再び子どもに会い、子どもに向かって名を呼べる日はきっと遠い。
上司命令などでは、呼び寄せたくはない。
子どもの意志で来て欲しい。
けれど、そんな日は来ないのかもしれない。
去り際の子どもを思い出す。
子どもは立ち止まったけれど、振り返りはしなかった。
――それが、答えだ。
子どもが次に現れる時、それは私のことなど忘れてしまった時だろう。
上司と部下。
それ以外の何者でもない関係に戻った時だ。
その時、自分はどうするのだろう。
……考えるまでもなく、笑っている自分が想像できた。
何事もなかったように笑って、言うのだ。
久しく見ていなかったけれど、元気だったかね、と。
皮肉を口に乗せ、笑うのだ。
そして、子どもは怒るのだろう。
久しく見ていた大人しく俯く子どもの姿はそこにはなく、
出会った頃のように、感情を剥き出しにして怒るだろう。
それを見て、また自分は笑うのだ。
子どもから忘れ去られた痛みを感じながらも、感情を曝け出す姿を見て嬉しく思うだろうから。
そう思い込むことによって、
何もなかったことにしようとしているだけだと解っていても、それでも自分は笑うのだ。
笑ってばかりだ。
誤魔化すために、笑ってばかりだ。
言いくるめる口の上手さも、笑顔で押し切ることも、あの子ども相手には何もできないのだから。
06.15〜06.20
『The other side of a door.』=扉の向こう。
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