say good-by.




「鋼の」

「…」

「鋼の」

「…」

「鋼の」

返事をしないでいると、髪を引っ張られた。

「…だーっ、うっさい!何だよ!?」

「いいや、何でもないよ」

胡散臭い笑みではなく、裏表の感じられぬ無邪気な笑顔。
一体、この男は何がしたいというのか。


「…」

「鋼の」

「…だから、何だよ」

「何でもないよ。ただ、嬉しいだけだよ」

視線で問えば、今度は少しだけ寂しそうに笑った。

「君が傍にいてくれる。返事を、してくれる」

そんなことを、言わないで欲しい。
ずっとふたりでいられるわけではないのに。
明日には、また旅に行かなくてはいけないのに。

大佐の顔を見ていられなくて、俯いた。
その頬に伸ばされる手。
手袋をはめていないその手は、温かなぬくもりを伝えてきて胸が痛んだ。

「鋼の、顔を上げてはくれないか」

優しく問う声。
緩く横に首を振る自分。
今顔を上げたら、泣いてしまいそうだった。
必死になって唇を噛み締め耐えているというのに。

「鋼の」

促すように優しい声が降り注がれる。
けれど、応えることはできない。

「鋼の」

少し寂しさが混ざった声。

「…」

何の反応を返さない自分に大佐は諦めたのか、頬に置いていた手を離そうとする。
それに弾かれるように顔をあげ、抱きしめた。
首に腕をまわし、肩に顔を埋めた。

離れたくない。
けれど、そんなことは許されなくて。
そんなことは、誰よりも自分が許さなくて――

でも、離れたくない気持ちは変わらなくて、
顔を上げたいけれど泣きそうな顔など見られたくなくて、その結果の行動がそれだった。



大佐は少し驚いたようだけれど、小さく笑って腰に手を絡めた。
伝わる体温が温かくて、余計に泣きそうになった。


「鋼の。
 明日にはちゃんと『いってらっしゃい』と言えるから、もう少しこのままでいいかな」

それは自分の言葉だった。
何もかも、優しすぎる男。
また泣きそうになって、答える変わりに絡めた腕に力を込めた。

大佐も腰にまわす手に力を込めた。




明日には、また旅に出なければいけない。
明日には、笑ってこの男に別れを告げなければいけない。

だから、
だからどうか今だけはこのままで――




04.05.26
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